産業懇談会【メールマガジン 産懇宅配便】 第174号 2016.11.30 発行

メールマガジン■産懇宅配便■

平成28年11月度(第174号) 目次
【28年11月度 産業懇談会(水曜第2G)模様】 11月2日(水) 12時00分〜14時00分
【28年11月度 産業懇談会(火曜G)模様】 11月8日(火) 12時00分〜14時00分
【28年11月度 産業懇談会(水曜第1G)模様】 11月16日(水) 12時00分〜15時00分
【名古屋いちばん物語】 No.91
【新会員自己紹介】
村井 聖氏

名阪急配株式会社 取締役社長

橘川 龍也氏

日本コムシス株式会社/東海支店 支店長

【12月度産業懇談会開催日程】
【産業懇談会「代表幹事講話」ならびに「新年合同懇親会」開催日程】
【お知らせ】
【コラム】
コラム1 【保健師からの健康だより】 No.152
コラム2 【「ほん」のひとこと】 No.97
コラム3 【苗字随想】 No.174
【28年11月度 産業懇談会(水曜第2G)模様】

テーマ: 『 建設会社としての環境への挑戦 』

日  時:平成28年11月2日(水) 12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 3階 桂の間
参加者:33名

スピーカー:
執行役員副本店長 岡田 夏樹(おかだ なつき)
執行役員土木事業本部副本部長 三ツ井 達也(みつい たつや)
徳倉建設株式会社

岡田 夏樹氏
岡田 夏樹 氏

■徳倉建設について
 徳倉建設株式会社は、愛知県 三河地方発祥の建設会社である。設立は昭和22年で、現在は名古屋市中区に本社を構えている。先代社長の徳倉正志氏は、先の大戦中に海軍へ勤務しており、南方トアール諸島のマイコール海軍基地へ赴任していた。帰国後の昭和22年に徳倉組を発足させ、昭和24年には徳倉建設(株)としてスタートした。発足後10年経過したころに発生した伊勢湾台風により、三河地方は甚大な被害を受けた。この台風からの復興事業で当社は力を大いに発揮し、その後の発展の礎をつくった。現在は、いわゆる総合建設業者(ゼネコン)として、国・地方自治体・不動産会社・ハウスメーカーとの契約を元に、マンション・病院・オフィスビルディング・工場・学校や港湾工事など、様々な建設・土木工事を請け負っている。
 当社は海外事業にも早くから取り組んでおり、昭和50年代から、南米などで事業を行っている。当時は、船舶を2隻所有しており、海外へ建設資材などを自ら運んでいた。特に、中南米諸国やアフリカ、東南アジア地域での仕事が多いことが特徴だ。いわゆる新興国での仕事が多く、日系企業が新たに製造拠点を立ち上げる際に、その工場建屋などを担うことが多い。

■建設会社の環境への挑戦
 このように事業を幅広く発展させてきた当社だが、やはり地元・地域への貢献は欠かせない。特に、建設会社は地域に密着した部分もあることから、地域の人にとって目に見えてわかりやすい貢献が求められる。
 そこで、平成20年に環境をテーマに次世代に配慮した施工環境創造について知見を深めるため、研究会を設立した。この研究会の目的は、社員の環境意識を向上させるとともに、CSR活動・環境ビジネスの創造・事業所や工事現場の環境対策を行っていくことである。最も注力したのは、社員の環境に対する意識をいかに向上させるか、ということで、これが一番難しかった。

 愛知県は、県土面積の約40%を森林が占めている。森林には、水資源の確保や土砂災害などの防止、CO2の削減、レクリエーションの場としてなど、多くの役割が期待できるが、人工林間伐にかけるコストの問題などがあり、しっかりと有効活用できていないのが、現状ではないか。
 そこで、愛知県としては、めざす森林のイメージを定め、「企業の森づくり活動」を奨励して森林資源の活用に取り組んでいる。「企業の森づくり」とは、企業が愛知県の県有林で社会貢献を目的とした森林整備・保全活動を行い、県と県民・企業が協働して森づくりを行う事業である。平成19年から「企業の森づくり実施要領」を愛知県が定め、事業を開始している。また、当中部地域でいえば、岐阜県・三重県も同様の活動を行っている。

三ツ井 達也氏三ツ井 達也 氏

■徳倉建設(株)の取り組み
 徳倉建設(株)も、この森づくり活動に積極的に参加している。活動のコンセプトとしては、「次世代への配慮」をモットーに、社員一丸となって地球環境への付加を軽減する環境活動を推進すること。森林環境調査や森林整備を実施することで、地球環境への影響を認識し、社員の環境保全に対する意識の継続的改善に取り組もうと考えている。活動する森の名前を「徳倉の森」とし、社内有志のクラブ活動としてスタートしており、多くの参加者を得ることができている。メディアでも大いに取り上げられ、また、全国建設業協会からも社会貢献活動として、平成25年に表彰されるにいたった。地方自治体からの受注活動にも好影響を与えるなど、単なるCSR活動には留まらない幅が出てきている。
 これからも、少しずつ、地道にこのような取り組みを継続していきたい。


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【28年11月度 産業懇談会(火曜G)模様】

テーマ: 『 女性活躍が企業の明日を変える! 
                    〜いかに女性の力を引き出すか〜 』

日  時:平成28年11月8日(火) 12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 18階 伊吹の間
参加者:24名

スピーカー:
新井 みち子(あらい みちこ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルティング国際事業本部 名古屋本部
組織人事戦略部 女性活躍推進・ダイバーシティマネジメント戦略室(兼務)
コンサルタント

新井みち子氏

■自己紹介
 大学を卒業して、民間企業へ5年半勤務した後、内閣府の青年国際交流事業「世界青年の船」へ参加した。ここでの経験はまさに「ダイバーシティ」そのものであった。その後、フランスのMBAを取得し、現在の三菱UFJリサーチ&コンサルティングに転職した。人事制度の改定支援コンサルティングをする中で、多くの企業で男性中心に物事が決まっていくことに違和感を覚えた。また、自身が育児休業中に出会った育児中の女性たちが、社会の中で十分に活かされていないということにも問題意識を持つようになった。育児休業から復職した2012年に、東海地域の企業における女性活躍推進に関するアンケート調査を実施した。東海地域は女性活躍推進が遅れているという調査結果への反響は大きく、企業の関心の高さを伺い知ることができた。現在、女性活躍やダイバーシティという視点からコンサルティングを行っている。

■企業が女性活躍推進に取組む理由
 グローバル化、少子高齢化、働く人の価値観の変化などを背景に、多様な人材を活かすことのできる「ダイバーシティ経営」が求められている。ダイバーシティ経営とは「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義される。企業がダイバーシティ経営に取組むメリットとしては、多様化する市場ニーズへの対応、視点や発想の多様化による問題解決やイノベーションの促進、優秀な人材の確保といったことがあげられる。男女雇用機会均等法が制定され30年が経つが、日本企業における女性活躍は遅々として進んでいない。人材が多様化している今、男女の区別、時間制約の有無に関係なく、すべての人が能力を発揮できる組織マネジメント・職場風土の構築が喫緊の課題だ。

■女性の働き方の現実と、法律の整備
 2009年の育児・介護休業法の改正により、3歳未満の子どもを養育する労働者に対し、短時間勤務制度(1日原則6時間)を設けることが事業主に義務付けられた。これにより、女性が出産を期に離職することは少なくなった。しかし、「就業継続」はできるようになってきたものの、「活躍」には課題が残る。多様な人材を公正に処遇する評価・報酬システムや、時間制約の有無に関わらず成長を促す職務経験・教育機会づくり、長時間労働の是正が求められる。本年4月には女性活躍推進法が施行された。また、2017年1月には育児・介護休業法、男女雇用機会均等法が改正され、いわゆるマタハラなどの防止措置を講じることが事業主に義務付けられる。コンプライアンスの観点からも、しっかりとご対応いただければと思う。

■東海地域での女性活躍推進
 東海4県(愛知・岐阜・三重・静岡)は、全産業中、製造業が最も多い。しかし、従業員に占める女性の割合や、管理職に占める女性の割合はともに低い。女性活躍推進に向けては、高いハードルといえるだろう。
 女性は男性に比べ「管理職(課長以上)」を目指す人が少なく、「今の役職のままでよい」と考える傾向が強いが、東海地域の女性はこれらの傾向がいずれもさらに強い。東海の女性に顕著な考え方として、女性本人が「能力不足」、「経験不足」を認識することである。ここに、女性の育成プロセスの問題を見ることができる。つまり、同じ総合職でも、配属や異動、仕事の与え方において、男女で機会差があるのではないかということだ。また、管理職自身が、仕事と家庭の両方を充実させていなかったり、「長時間労働」=「頑張っている」とポジティブに捉えることも問題である。「人材育成のプロセス」、「職場・管理職の働き方」について、再確認する必要がある。

■まとめ
 社会が大きく変化する中、従来の男性中心の規範・慣例・常識といった既成概念によるマネジメントから脱却し、多様な価値観やライフスタイルを受容できる職場の実現が求められている。企業として、本気でこの課題に取組むことで、未来に向けた強い組織の礎が形成される。東海地域の女性活躍の取組みは、まだ始まったばかりだ。経営トップがコミットして、取組むことが非常に重要である。


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【28年11月度 産業懇談会(水曜第1G)模様】

テーマ: 『 茶会 「お茶に観る四季観」 』

日  時:平成28年11月16日(水) 12時00分〜15時00分
場  所:愛知県岡崎市 にて
参加者:12名

スピーカー:
下村 釟爾(しもむら はつじ)
元 マルサンアイ(株)
代表取締役・全国味噌協同組合連合会会長

高橋知子氏
ご挨拶される下村 釟爾 氏

 視察会当日、絶好の秋晴れの中、下村 釟爾氏に温かくお迎えいただいた。

■茶道 久田流について
 久田流は、千利休の妹が久田家に嫁ぐ際にはじめた流派である。女手前とされ、徳川家の縁のある流派(前 大樹寺 堀田岳成 貫主)である。尾張地方へは、幕末に下村実栗(哉明)が家元を預かり、茶道のため次男実軌をつれて隠遁し庵をつくり門弟を構えた。下村氏は、曽祖父が茶道久田流の家元を預かっていた家系にあり、幼少期より茶道との関係のある環境にあった。毎日、茶道に親しんでいたため、茶道の精神であるお客様への気配り、独特の美意識を大事にされている。久田流は小さい流派であり、流儀の茶道具の散逸に歯止めがかかればと思い、現在にいたっている。

■お茶に観る四季観
 わび茶の源流は千利休にある。お客様をお迎えするにあたり「冬は暖かく、夏は涼しく」といわれる。例えば、冬にお迎えする際には、炉をたいてお迎えする。この気遣いは、全てに通ずることだ。季節は全て旧暦で考え、「春:1〜3月、夏:4〜6月、秋:7〜9月、冬:10〜12月」と分ける。茶事は「初座−中立−後座」と分かれ、まず食事をし、一旦座を改めた後、亭主が再びお迎えして濃茶・薄茶を飲む。全てを行うと4時間以上かかってしまうため、現在は略式で行われることも多い。濃茶は、複数人で飲み回し、私語が禁止の世界だ。薄茶に移行してようやく座布団・たばこ盆が出され、雑談が可能になる。
 お茶は様々な形式があるが、実際に重要なのは、その中に生きている日本人の美意識ではないか。例えば、お客様をお迎えする心、お客様のことを想って準備する気遣いなど、現代を生きる私たちにとっても無くてはならないことばかりだ。また、茶道具ひとつにも、様々な由来がある。茶道具そのものの価値よりも、それにまつわる由来・エピソードにこそ価値があるように考えられる。

■茶会
 茶道久田流や茶道具について、ご説明いただいた後、お茶会を開催いただいた。季節のお菓子が振舞われ、女手前である久田流の繊細かつ優雅な作法で振舞われるお茶を飲み、茶道を通して四季の移ろいを感じることができた。古来、日本人が大事にしてきた、ものを大事にする心、お客様をお迎えする気構えに想いをはせ、一行は思い思いにお茶を楽しんだ。

写真1茶道具を眺める一行

写真2茶会の様子


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【名古屋いちばん物語】 No.91


テーマ: 『 「住吉の語り部となりたい」 シリーズ第68回 』

料亭つたも主人
深田正雄(栄ミナミ地域活性化協議会)

おたび所横町うちこして

 慶長15年(1610)、徳川家康は名古屋城築城にあたり三の丸にあった若宮八幡社と亀尾山天王社を移転させようとしました。若宮は素直に応じ今の地・南寺町に遷座し尾張名古屋の総鎮守として現在に至っています。天王社の宮司は神からのお告げで「移転できず」とのこと。困った家康は占いにかけたところ2回とも動いては駄目の神託であり、現在の東海農政局あたりにそのまま残り社領348石を拝受し城の鎮守となったとのこと。(名古屋城観光ガイド・栗田正昭氏談)時は明治となり同地は陸軍の司令部と変わり、天王社は1876年に旧藩校明倫堂跡地に移転、那古野神社と改称しました。 地図1
名古屋城三の丸:江戸時代の天王社・東照宮地図:那古野神社HPより

 天王祭は、東照宮祭、若宮祭とともに名古屋三大祭りに数えられ、名古屋城下を代表する祭りでした。7月15・16日祭礼で最盛期には車楽(だんじり)2台と見舞車(みまいぐるま)10数台が曳き出される大変賑やかなものでした。
 家康公逝去後3年が過ぎた1619年に日光・駿府に準じて、徳川義直は若宮跡地に3番目の東照宮を創健し社領1000石を附したといわれています。
 翌年、本町通り東、若宮八幡社北に御旅所を設け、毎年4月17日には神幸の儀が行われ神輿を始め山車9両を列ね供奉総勢6千人以上が本町を南に若宮まで渡御し、名古屋一の東照宮祭として代表的な祭礼が執り行われました。同時に5月15-16日若宮祭は城下の天王社に赴く山車行列、すべてが御旅所を中心に営まれたといわれています。

 東照宮御旅所は北の守綱寺、隣に設けられた寺・別当の「東漸寺」があり大藪と老樹が鬱蒼と生い茂る薄暗い地であったといわれています。御旅所とは祭礼に神輿が本宮から渡って仮にとどまる場所で、多くの海山の幸が供えられ、神楽がにぎにぎしく奉納されました。三大祭では各所から神輿・山車とともに参加した氏子たちの憩いの場で、各町内は休息所で腕によりをかけてご馳走を振舞いました。(花の名古屋の碁盤割p41より)
 御旅所は明治8年に取り壊され、樹木は切り払われ、境内地は民家に払い下げられ、町家ができました。昼なお暗かった若宮八幡の北は俗に「御旅所横町」とよばれ「花の名古屋の町割」七墓御詠歌にも詠われるようになりました。
写真1
尾張名陽図会・御祭礼御宿院:
左が本町通り、左が別当の「東漸寺」

 現在の道路標識では「矢場町通り」となった「おたび所横町」。
 戦後・昭和34年地図をもとに南伊勢町から西に若宮八幡へ旅をしながら、ご案内してまいりましょう。
 白林禅寺・政秀禅寺が底地権を持っているのか、この通りは多くのお店が現役で頑張っている栄ミナミでは珍しい地域といえます。南は肉屋宮田。栄小学校の同級生・宮田卓三君率いるお肉の名門(株)宮田精肉店です。中公設から三越デパートを中心にギフトや世界金賞獲得のソーセージなど大活躍、調理工場は堀川沿い天王崎橋南で展開されています。もちろん料亭つたも人気のステーキ弁当は宮田さんの宮崎牛で大好評です。
 お隣の小笠原さんは現在もお住まいで、ユニフォームの深尾商会さんの弟は深尾康夫君。やはり栄小の同級生でチョットおとなしい感じでしたね。最近、お顔をみないけどお兄さんの息子さんが社長となったのかな?水谷義裕さんは10年前に小生が栄中部を住み良くする会会長就任時の副会長でやんちゃな深田正雄の後見人兼町内のまとめ役としてご尽力いただきました。住吉町歩道絵タイルをCD特集いただき感謝しております。板ガラス・尾畑商店は駐車場となり、山田板金の山田耕三さん宅はご家族がお住まいのようで現役です。
 北側、丸栄家政婦紹介所の奥様はお元気でとても和服がお似合い、玉井染工(株)さんは今でも井水を汲み上げ繊維染色業を営み、明治屋楽器店さんは演歌テープ・CDがいっぱい陳列、奥様にはいつも栄ミナミ盆踊りの先生としてお世話になっております。

地図2
若宮八幡社北・御旅所横町:住宅地図協会・昭和35年刊、北見昌朗氏複製作成

写真2
南伊勢町通りより、御旅所横町を西に見る:宮田精肉、深尾ユニフォーム


 プリンセス大通りを超えて左には老舗「つばめ理髪店」。犬が大好きで、まるまる太った柴犬ちゃんがいつも車道で寝そべり車が徐行し交通安全、お向かいの朝倉はり・灸治療院、裁縫具の若原商店は往時のままの営業、ご両人とも矢場町3丁目老人会の重鎮として活躍、時計卸の和光堂さん本業とともにご親族がサカエ美容室を経営されているようです。 写真3
若宮八幡社北:ツバメ理容、朝倉針灸治療院、若原裁縫具店

 御旅所跡地、大野理髪店は最も古い貸しビルを経営、深見社長のマルサン教材社さんは本町通りに移転、西隣りオーダー洋服のフクヤ工房(森島羅紗グループ・深見順一社長)は手羽先の風来坊さんとなっております。本町角はチサンマンション白川公園、南は若宮八幡社に隣接した旅館八幡は婚礼や宴会で一世を風靡、化粧品卸マダムジュジュの看板が懐かしい(株)双葉屋さんの宮田操君も栄小の同級生でした。両地とも駐車場となっていましたが、今年10月より東建コーポレーションの工事が始まり、中日シネラマ跡地とともに再開発され栄地区では最大規模の地上28階・高さ100mのホテル型高級賃貸マンション「新・栄タワーヒルズ」が平成31年2月完成とのことです。 写真4
東建コーポレーションの工事現場を北から見る:旅館八幡、双葉屋跡地

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【新会員自己紹介】

村井聖氏
火曜グループ

村井 聖(むらい きよし)
名阪急配株式会社
取締役社長

【名阪急配株式会社】
〒486-0811 愛知県春日井市東山町字東山2345番地1946
TEL:0568-85-8125
URL:http://www.meihankyuhai.co.jp/

 ■名阪急配の特徴
 当社のサービスは、お客様の描く物流イメージをありのままに“具現化”する(Do Exactly) ことであり、それが当社の考える“卓越した顧客価値の創造”です。それには、卓越した 現場力と愚直なまでに取り組む企業文化(風土)が必要不可欠です。
 また、安全な物流を追求し続け、安全な社会の実現に挑戦し続けます。

■名阪急配のVISION
“自信と誇りに満ちた人生を歩める社員を創る”

・自己紹介
趣味:ゴルフ、旅行

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橘川龍也氏
木曜グループ

橘川 龍也(きっかわ たつなり)
日本コムシス株式会社/東海支店
支店長

【日本コムシス株式会社】
〒460-0008 名古屋市中区栄2-10-1 コムシス名古屋ビル
TEL:052-219-3333
URL:http://www.comsys.co.jp/

 はじめまして、日本コムシスの橘川です。
 私は、昭和62年に「民営化されて2年目のNTT」に入社し、当時は企業でしか利用されていなかったデータ伝送サービス「ISDNパケット交換サービス」等の開発とサービス運用技術支援の担当に配属されました。「パケット交換」とは、伝送データを小荷物のように小分けにして送る技術で、現在のインターネットに通じる通信技術でしたが、当時は、データ伝送サービスがコンシューマ市場に広がることなど全く想像できませんでした。
 企業に限定され伝送速度も100kbps未満が大半だったデータ伝送サービスが、1990年代に入るとインターネットの普及により個人でも普通に利用できるようになり、その後ADSLを経て光アクセス化が進み、現在のように1Gbpsクラスのサービスまで提供されるようになりました。モバイルサービスの次世代技術ではさらに一桁上の10Gbspを目指しています。
 技術系の私でも通信技術の進歩には驚くばかりですが、インターネットを活用したサービスの進化にも目を瞠るものがあります。インターネットが様々なものとつながるIoT時代は、さながら私が子供のころのSFアニメの世界となるのでしょう。
 昨年7月から勤務している日本コムシスグループでは、通信キャリア各社の電気通信設備、太陽光発電等の社会インフラ設備、企業内の情報通信設備等の構築と運用を手掛けており、まさにIoT時代を支える重要な役割を担っている会社です。IoT社会に貢献できるよう、社員一同全力で取り組んでまいりますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。
 個人的には、初めての名古屋勤務で、初めて単身赴任生活となりますが、歴史的な名所と名古屋飯の制覇が目下のところ目標となっています。公私ともに充実した名古屋ライフを存分に楽しみたいと思っています。

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【12月度産業懇談会開催日程】

12月は、各グループ恒例の「忘年会」を開催します。
是非とも多数ご参加くださいますようお願いいたします。

グループ名 世話人 開催日時 会 場
火曜グループ

富田 茂
広井幹康
深田正雄

12月6日(火)
18:00〜20:00
料亭蔦茂
電話:052-241-3666
名古屋市中区栄3-9-27
(プロマジシャン丸山真一氏をお招きしたテーブルマジックを予定しております。)
水曜第1グループ

淺井博司
飯田芳宏
落合 肇

12月7日(水)
18:00〜20:00
舞鶴館
電話:052-541-1346
名古屋市中村区名駅南1-18-24
水曜第2グループ

片桐清志
大倉偉作
見祐次

12月14日(水)
18:00〜20:00
さがみ庭 御器所店
電話:052-852-7888
名古屋市昭和区阿由知通4-4-1
(地下鉄御器所駅4番出口前)
木曜グループ

河村嘉男
倉藤金助
田憲三

12月8日(木)
18:00〜20:00
札幌かに本家 栄中央店
電話:052-263-1161
名古屋市中区栄3-8-28
(プリンセス大通り・丸栄南)

○会費:実費精算の上、忘年会終了後ご請求いたします。
○備考:お申込いただいた方には、開催日一週間前を目途に地図等詳細のご案内を送付いたします。

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【産業懇談会「代表幹事講話」ならびに「新年合同懇親会」開催日程】

産業懇談会「代表幹事講話」ならびに「新年合同懇親会」のご案内

 毎年恒例の産業懇談会4グループ新年合同懇親会を、下記の通り開催いたしますのでご案内申し上げます。
 本年は、種村 均筆頭代表幹事からご講話をいただきます。また、年の初めに、産業懇談会メンバーの皆様に親睦を深めていただきたく、あわせて新年合同懇親会を開催いたします。是非とも多数ご出席くださいますようお願い申し上げます。

日時 平成29年1月30日(月)17:30〜20:00
               17:30〜18:30 種村 均 筆頭代表幹事の講話
               18:45〜20:00 新年合同懇親会
場所 ウェスティンナゴヤキャッスル 2階 青雲の間
ご講話演題 『日本と日本人について』
懇親会費 10,000円
※当日、講演会場受付で頂戴いたします。
※講演会のみご出席の場合は会費不要です。
本状ご案内先 代表幹事および産業懇談会メンバーの皆様
産業懇談会メルマガ受信会員の皆様
事務局連絡先 担当:白木・多田
電話:052-221-8901
その他 ・食事の手配など準備の都合上、ご出席の場合は同封のFAX用紙で1月20日(金)までに必ずお知らせ願います。(代理出席はできませんのでご留意ください)
・お申込後のお取り消しにつきましては、1月25日(水)までにお知らせください。それ以降にご連絡いただいた場合は、会費を申し受けることになりますので、ご了承願います。

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【お知らせ】

産業懇談会メールマガジン配信について

○メールマガジンの配信は無料です。配信をご希望でない方はお手数でも下記ボタンを押して、メールをご返信いただければ幸いです。ご意見などございましたら、そのメールにお書き下さい。

メールマガジンの配信を ○希望しない

○2016年6月24日より、本メールマガジンの運用ルールを明確にさせていただき、本会をご退会された方は自動的に配信を停止させていただくことといたしました。誠に勝手ながら、ご了承くださいますようお願いいたします。
なお本メールマガジンは、中部経済同友会ホームページ「産懇宅配便ポータルサイト」からすべてのバックナンバーをご覧いただけます。ご退会後はウェブ上で引き続き閲覧いただければ幸甚に存じます。

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【コラム】

コラム1 【保健師からの健康だより】 No.152
保健師からの健康だより

株式会社 スズケン
保健師 鳥巣 妃佳里

『 冬至のカボチャとゆず 』

 日に日に寒さが増し、街中にはマスクをつけて歩く人の姿が増えてきました。今年、富士山の初冠雪が確認されたのは10月26日でしたが、これは1956年と並んで観測史上最も遅い初冠雪だったそうです。例年に比べて気温が下がる時期が遅くなった分、身体が受ける温度変化が激しく、体調を崩される方が多いようです。

 このように季節の変化に伴う自然環境が身体に与える影響やその予防については、近年でこそ科学的に検証・確認がされて知見が蓄えられていますが、そのずっと以前より各地域で言い伝えや風習として語り継がれています。この時期であれば冬至が近いですから、風邪や中風(現在の脳出血、脳梗塞にあたるもので、正式な病名ではない)の予防としてカボチャや小豆を食べる、ゆず湯につかる、などが有名ですね。

 冬至とは二十四節気(節分を基準にして1年を24当分にした季節)のひとつで、昼が最も短く、夜が長い日になります。日本では冬至は「死に近い日」を意味していて、その「厄を祓う日」が冬至であり厄よけとしてカボチャが食べられていたようです。そういった理由もあってか、カボチャと一緒に名前に「ん」のつく食べ物を縁起物として食べる「運盛り」という風習がある地域もあったようで、「冬至の七種(とうじのななくさ)」と呼ばれるものがあります。これは南京(なんきん:カボチャ)、蓮根(れんこん)、人参(にんじん)、銀杏(ぎんなん)、金柑(きんかん)、寒天(かんてん)、饂飩(うんどん:うどん)の7つで、どれも「ん」が2つも付くのでより多くの運を呼び込めると言われていたようです。また厄よけという意味では、赤が厄よけや魔除けに効くということで小豆、を食べる、ゆずは香りが強いので邪気がおこらない、ということで身を清めるためにゆず湯に入るなどの習慣もありました。
 このように書くと単に信仰や風習だけの話のように感じられるかもしれませんが、例えばカボチャは実際には夏野菜ですが、長期の保存が効きますし、採ってすぐに食べるより少し寝かせた方が、栄養分が増えることがわかっています。そしてビタミンA、ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、鉄分などがバランスよく含まれているので、風邪、がん、冷え性、体力回復、動脈硬化、貧血、老化等たくさんの予防効果があります。またゆずにはクエン酸、ビタミンA、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンPなどが豊富に含まれていますし、実際には実よりも皮により多くの栄養素が含まれています。ですからゆずを丸ごとお風呂に入れると、湯の中に栄養成分が溶け出して風邪予防、冷え性の予防改善、血行促進、美肌効果に加えて香りによるリラックス効果等、たくさんの健康に良い効果が得られます。昔の人はここまで詳しいことは知らなかったと思いますが、それでも生活の中で健康に良いことを体験的に理解し、語り継いていたのですから先人の知恵は素晴らしいですね。

 暑さは熱中症をはじめとする健康障害を引き起こしますが、冷えも身体を縮こまらせ、血流やリンパの流れを滞らせ、風邪をはじめとする様々な健康障害を引き起こす元になります。今年の冬至は、先人達の知恵を借りながら、病気知らずに元気に過ごしていきましょう。

カボチャやゆずのパワーを借りて冬を元気に過ごしましょう。

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コラム2 【「ほん」のひとこと】 No.97
コラム【「ほん」のひとこと】

株式会社 正文館書店 取締役会長
谷口正明

戦国24時 さいごの刻(とき)
木下昌輝著・光文社刊

 6人の戦国武将の、死の直前の最後の24時間を描いた6つの短編集。

 慶長20年(1615)5月7日 大坂城落城とともに死す豊臣秀頼
 天正13年(1585)10月8日 息子政宗に射殺される伊達輝宗
 永禄3年(1560)5月19日 桶狭間で討ち死にする今川義元
 永禄4年(1561)9月10日 川中島で戦死する山本勘助
 永禄8年(1565)5月19日 京で闘死する足利義輝
 元和2年(1616)4月17日 75歳の生涯を終える徳川家康

 どの作品も、大胆な発想によるどんでん返しの醍醐味を十分に味わえる出来栄えです。

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コラム3 【苗字随想】 No.174
コラム【苗字随想】

片桐清志

オリンピックメダリストの苗字(2)

 前回に続いて、リオオリンピック・パラリンピックのメダリストたちの苗字に注目してみたい。
 読み方では苦労しないし、スポーツニュースではたびたび登場するためすっかりおなじみだが、ランキングでは結構珍しい部類に入るのが女子柔道70キロ超級での金メダリストの田知本(遥)だ。ロンドンオリンピックではケガでメダルを逃し、今回、その雪辱となった。姉の愛との姉妹での活躍も有名だ。
 前回紹介した須崎さんのホームページでは、伊調に次ぐランキングで2万9000番代だ。約11万種の苗字を収録した「日本の苗字」(日本経済新聞社発行)にも登場し、読み方もタチモトの読み方が紹介されている。因みに類似の苗字に田知(タチ)もあり、ランキングでは5万9000番代なので田知本よりも珍しい。
 女子レスリング69キロ超級での金メダリスト土性(沙羅)もランキングでは1万2000番代なので珍しい部類といえる。こちらも上記の「日本の苗字」に登場し、ドショウとドセイの読み方が紹介されている。
 苗字に「性」の字が登場すること自体が非常に珍しいが、土性の仲間には古性(フルショウ・コショウ・コセイ)、仏性(ブッショウ)、月性(ゲッショウ)、法性(ホッショウ)、新性(シンショウ)などが見つかった。因みに「性」で始まる苗字もあり、性全(ショウゼン)、性海(ショウカイ)、性億(ショウオク)などが見つかった。「性」にはショウの読み方では、仏教用語で物の本質を意味するため、僧侶等の仏教関係者に好まれたのかもしれない。

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【平成28年11月号編集後記】

 中部経済同友会の「文化の街づくり委員会」の活動の一つに「ステキ・小粋・まち歩きの会」がある。「文化と歴史を語れる経営者になろう」を合言葉に、知っているようで知らない自分たちの活動エリアを実際に歩くことで改めて勉強し直そうという趣旨だ。年間3〜4回行っており、第27回目の焼き物と潮風のまち常滑編に晩秋の青空の下、20数名と共に参加して来た。
 名鉄常滑駅に集合後、地元ボランティアのガイドで「やきもの散歩道」を巡った。ふるさとの坂道30選に選ばれた「土管坂」では明治から昭和にかけての常滑焼の歴史を学び、北條陶房では無形文化財保持者清水源二さんの急須づくりの実演を間近で拝見した。江戸時代から明治にかけて廻船業で財を成した「瀧田家」では水琴窟も体験でき、内容の濃い散策で、多くの先人の知恵を肌で感じることができた。
 現地に足を運ぶと愛着が芽生え、身近な存在に変わる。雑誌や新聞、テレビなどでも自分が訪問した地の話題にはついつい引き込まれる。親しみが湧くと新たな発見を産むことにつながる。最近は自治体でも地元情報の発信に工夫を凝らしているし、地元の愛好家によるガイドとの接点も増えた。訪問者が増えればその地域に活気も生まれる。各地に眠る歴史や伝統が再発見されることは地域振興の点でも喜ばしいことだ。
 常滑焼は日常よく目にするし、中部国際空港を利用する時には必ず通過する常滑だが、中部圏に住みながら自ら語れるレベルの知識となると心もとない。こうして自分の足で歩き、地元愛に満ちたガイドの説明を聞くと、知識に深みが増し、再発見することも多い。車社会はビジネスの効率の点では大きく貢献してくれたが、その一方で見過ごしてしまうものも増えた。車では見えないものが歩くことで見えてくる。「ステキ・小粋・まち歩きの会」では今後も意欲的な企画を用意している。まだ参加したことのない方も、機会を捉えて一度参加してみることをお勧めする。

(片桐)