【8年1月度 「代表幹事講話」ならびに「新年合同懇親会」】
テーマ: 『 企業におけるイノベーションとは 』
- 日 時:令和8年1月21日(水) 17時30分~20時00分
- 講 話:17時30分~18時40分
- 懇親会:18時50分~20時00分
- 場 所:TIAD, AUTOGRAPH COLLECTION
- 参加者:78名
加藤 博(かとう ひろし)氏
中部経済同友会 代表幹事
ノリタケ株式会社 取締役会長
ノリタケ会社紹介
ノリタケは2024年1月に創立120周年を迎え、同年7月には社名を「株式会社ノリタケカンパニーリミテド」から「ノリタケ株式会社」へと変更した。これは「Noritake」ブランドと社名を一致させることで認知度を向上させるとともに、従業員のエンゲージメントを高めることを目的としている。当社の全国的な知名度は高いとは言えず、特に若年層の認知度向上が課題であることから、ナゴヤドームの芝広告や名古屋駅コンコースの全面広告、テレビやTVerでのCM放映などによる広報活動を行っている。
本年3月には、第一生命、鹿島建設との3社共同事業である「栄トリッドスクエア」が完成予定である。同施設は、ノリタケの規格外品を再利用するなど環境配慮型オフィスとして最高ランクの認定を受けている。
現在の売上高は約1,400億円、経常利益率は約10%と堅実な経営を維持しているが、事業構成は「食器の会社」という一般的なイメージとは異なる。食器事業の売上構成比は約5%にとどまり、主力は工業機材事業である。さらに、MLCC(積層セラミックコンデンサー)材料を担うセラミック・マテリアル事業や、リチウムイオン電池向け焼成炉で世界トップシェアを誇るエンジニアリング事業が伸長している。これらは食器製造で培ったセラミックスの技術を応用・発展させてきたものであり、同社の競争力の源泉となっている。
森村グループ創業者の精神
ノリタケの原点は、1876年に森村市左衛門が創設した森村組にあり、森村グループの歴史は、日本の近代化とイノベーションの歴史でもある。
幕末から明治にかけて、金銀の交換比率の違いにより日本から大量の金が海外へ流出していた。福沢諭吉から「金を取り戻すには外国貿易しかない」との教えを受けた森村市左衛門は自ら輸出貿易に乗り出すことを志した。当時、慶應義塾大学の助教授を務めていた弟の豊が、福沢諭吉の勧めで、商業実習生としてアメリカへ渡った。森村豊は、ニューヨーク6番街に小さな雑貨店「日の出商会」を開業。日本における国際貿易の草分け的な存在である。
1889年のパリ万博を視察した大倉孫兵衛は、白く精緻な洋食器に衝撃を受け、「白くて美しい洋食器」の日本での製造を決意する。当時の日本には、平らで大きな白色磁器を生産する技術はなかったが、「西洋人にできて、日本人にできぬことはない」と奮起。1904年に日本陶器合名会社を設立し、10年の試行錯誤を経て、ようやく1914年に、日本初のディナーセット「セダン」を完成させ、海外市場で高い評価を得た。
森村グループの多角化
1905年、東芝の技師・岸敬二郎氏は米国から持ち帰った「一片の碍子」を携えて日本陶器を訪れ、高圧碍子の国産化に挑んだ。当時は水力発電の普及期であり、高圧碍子は全量輸入に依存していたが、大倉和親の「営利ではなく、国家への奉仕としてやらねばならぬ」との信念の下、取り組んだ。1919年には、大倉和親の「一業一社」の精神のもとに、碍子部門を分離独立させ、日本碍子株式会社が誕生した。
また、欧州視察で「日本にもいずれは衛生陶器の時代がくる」とその将来性を見抜いた、大倉孫兵衛・和親父子は、1912年に製陶研究所を設置し、その後、門司港が近く、石炭や原料のカオリン・天草陶石の入手が容易な福岡県小倉市に用地を取得し、1917年に東洋陶器株式会社(現TOTO)を設立。
1914年には第一次世界大戦が始まり、生産が追い付かないほどの陶磁器の特需となり、原料の国産化や事務の合理化を進める。1923年に、事務合理化のために渡米した役員がCTR社(現IBM)の計算機の能力に驚愕するが、日本でのサービス保守体制が整っていないことを理由に販売を断られた。そこでニューヨークのモリムラブラザーズの水品浩らが自らサービス技術の取得を申し出て、現地で半年間の研修を受け、1925年、日本陶器への計算機の1号機の導入と極東の代理店契約も締結することとなった。1937年には現在の日本IBMが設立され、水品浩は事実上の創立者となった。
さらに、日本碍子の技術者であった江副孫右衛門が、海外で普及しつつあった点火プラグに着目し、1921年に研究開発を開始。モータリゼーションを見据えて、点火プラグ部門は、1936年に日本碍子から分離独立し、日本特殊陶業株式会社が誕生した。
ノリタケにおいては、食器のハマを削る技術は工業機材事業へ、転写紙技術はセラミックス・マテリアル事業へ、焼成技術はエンジニアリング事業へと発展し、事業の多角化を進めてきた。
循環型社会に向けた取り組み
現在、これまで培ってきた技術を基に、カーボンニュートラルや循環型社会の実現に向けた取り組みを行っている。東京ガスと共同開発した世界初の水素燃焼式焼成炉や大気中のCO2を直接回収するDAC用多孔質部材「SUPCA」の開発、研磨スラッジを再資源化する「スマートブリケッター」、規格外青果をピューレ化しフードロスを削減する「加熱殺菌装置」など循環型社会の実現に向けた新製品を投入している。
イノベーションの重要性
成功している企業ほど過去の成功体験に固執し、破壊的イノベーションへの対応を遅らせるサクセストラップに陥る。これを回避するには、既存事業を磨き込む「知の深化」と、新領域に挑む「知の探索」の両立が不可欠である。日本企業は、知の探索が不足しがちであり、オープンイノベーションやスタートアップ企業との連携は、その有効な手段となる。
新事業創出は「千三つ(千のうち三つしか成功しない)」と言われるほど厳しい世界であるが、トライ&エラーを繰り返す覚悟こそが企業の真の力を生み出す。
創業者の森村市左衛門は、「人は感激に生き保守に死す」との言葉を残した。現状維持では生き残れないという、この精神は120年経った今も色褪せることはない。素朴な疑問を追求し、変化を先取りして自らを変革し続けることこそが、激動の時代において企業が持続的に成長し、社会に貢献し続けるために重要である。
講演会終了後は、4グループ新年合同懇親会を開催。懇親を深める有意義な場となった。
【3月度産業懇談会のご案内】
日頃は産業懇談会活動につき多大なるご支援をいただき誠にありがとうございます。
3月度例会を下記の通り開催いたしますので、ご案内申し上げます。各グループ興味深いお話が伺えるものと存じますので、ぜひともご出席くださいますようお願い申し上げます。
| グループ名 | 世話人 | 開催日時 | テーマ・スピーカー | 場所 |
|---|---|---|---|---|
| 火曜グループ |
屬ゆみ子 |
3月10日(火) |
【外部講師】山眞産業株式会社 花びら舎・平出様ご紹介 |
名古屋観光 |
| 水曜第1グループ |
足立 誠 |
3月18日(水) |
『感じるアナログとそれを拡張するデジタルについて~ICTパラダイムシフトの経験談と人の感性を高めるAIへの期待~』 |
名古屋観光 |
| 水曜第2グループ |
香川裕子 |
3月11日(水) |
『新卒就活の変化と若年層の意識』(仮) |
名古屋観光 |
| 木曜グループ |
河村嘉男 |
3月5日(木) |
『ホテルにおけるインバウンド対応』(仮) |
名古屋観光 |
【4月度産業懇談会のご案内】
日頃は産業懇談会活動につき多大なるご支援をいただき誠にありがとうございます。
4月度例会を下記の通り開催いたしますので、ご案内申し上げます。各グループ興味深いお話が伺えるものと存じますので、ぜひともご出席くださいますようお願い申し上げます。
| グループ名 | 世話人 | 開催日時 | テーマ・スピーカー | 場所 |
|---|---|---|---|---|
| 火曜グループ |
屬ゆみ子 |
4月14日(火) |
【外部講師】キャリオ技研株式会社・富田様ご紹介 |
名古屋観光 |
| 水曜第1グループ |
足立 誠 |
4月22日(水) |
『低金利時代の東京きらぼしフィナンシャルグループの取組みについて』 |
若宮の杜 |
| 水曜第2グループ |
香川裕子 |
4月8日(水) |
『和食が切り拓く日本の再浮上』 |
名古屋観光 |
| 木曜グループ |
河村嘉男 |
4月2日(木) |
『からくり人形から現代のロボットへ~英文雑誌の取材と大学でのデジタル活用から見えた「ものづくり文化の継承」~』 |
名古屋観光 |
【コラム】
コラム1 【さっかの散歩道】 No.92
長瀬電気工業株式会社
代表取締役 屬 ゆみ子
『 ワインの神様 』
「ただいま、Paris」
雲が垂れ込めるシャルル・ド・ゴール空港に飛行機は滑り込む。朝5時30分、なんでこんな時間に到着するかね~と思いながらも、だだっ広くなった空港を出てタクシー乗り場に向かう。
いつもなら空港でレンタカーを借りるのだが前回のエージェントのおねーちゃんとの疲れる会話(詳しくはバックナンバー78回を)が繰り返されるのは御免だし、たぶん早すぎてエージェントは開いてないので(ラッキー!)タクシーでリヨン駅まで行き、そこでディジョン行きのTGVに乗って、現地で車を借りることにした。
年も年だし旅のストレスは最小限にすべしと、なるべく現地に抗わず流れに乗っていこうと決めていた。同行友人のイミグレーションや荷物のピックアップの時間を要したものの、朝7時前のパリの高速は大渋滞。フランス人はいつからこんなに真面目に働くようになったのかと時代の流れを感じつつ、リヨン駅で朝ごはん代わりのキッシュとカフェオレを流し込む。30年前の初留学の始まりもこのリヨン駅だったが、知らないうちにコンコースには3つもホールが出来ていて、気を抜くと迷子になりそうな広さだ。近代的になったものだとQRコードの乗車券で乗車する。
10時45分、DIJON駅に到着。今日の予定は車を借りて12時までに駅近の御用達マスタード屋で生マスタードを壷詰めにしてもらい、その足でサントネイにある友人のワイナリーでランチをご一緒する算段だ。たくさん予定を詰め込まずゆったりスケジュールのつもりが、少しずつ時間が押してくる。レンタカーもトヨタのヤリスをリクエストしていたのに、なぜかシトロエンのSUV。これさ、たぶん私の前のおじさんの車と間違えている気がする~オッサン3人でヤリスのキーをもらってたし。でもってシトロエンなんていまだかつて運転したことがない。せめてルノーかプジョーにしてくれよと文句を言いながらエンジンをかける。
買い物が終わって12時。友人のワイナリー到着は12時半の予定だったが、ここから優に1時間はかかる。ナビを入れた友人は「15分で到着って出てるよ」否、それはよく似た名前のレストランに違いなく、とにかく小雨の降りだしたDIJONを出発する。彼女が手料理でもてなしてくれるので、調理の時間も気になるし、できるだけ早く13時過ぎの到着と知らせる。
Domaine FLEUROT-LAROSE
このワイナリーも78回でご紹介したと思うが、奥様は日本人で、しかもお料理上手、自分のところのワインと見事なマリアージュで、前菜、メイン、チーズを振舞ってくれた。日本もそうだが、本当においしいものは現地で味わうのが一番なのだ。
明日のSt-VINCENTのお祭りは彼女のワイナリーの隣村マランジュで開催される。聞くと息子が村の旗(サントネイ)をもってパレードに参加するというので、写真撮影を頼まれた。明日は朝からのイベントだ、寝坊しないようにしなければ。
翌朝、ホテルからお祭りのあるマランジュ村までは20kmある。朝7時半からパレードは始まるらしいのだが我が騎士団のお迎えバスはホテルに8時半到着だという。私も初めての参加なので、我が総裁は「朝7時半集合だよ!」って言ってたけど、そこはバスで大人しく向かうことにする。
ST-VINCENT TOURNANTE~ワイン生産者たちの守護神を祝い、感謝をささげるお祭り
このサン・ヴァンサンは3~4世紀のキリストの守護神で、諸説あるが名前にフランス語のワインVINが入っていることから中世のころからブルゴーニュの各村の守り神となったと言われている。そのお姿は各村の教会で保存され、それぞれにいで立ち、お顔が違っていて興味深い。この聖人の日が1月22日(毎日聖人の日が決まっていて、その日に生まれた子供はその聖人の名前を付けたりするので、すぐ誕生日が分かったりする)で、それまで各村それぞれにミサや祝宴が行われていた。
現在の形になったのは1938年、生産者フェーヴレーとロディエ家、我がブルゴーニュのシュバリエたちが、このお祭りを「ブルゴーニュ全土を上げて開催し、文化と連帯感を高めよう」と始めたのがきっかけとなった。お祭りの名前にTOURENANT=巡回とあるのはブルゴーニュにある小さな村を始め、毎年持ち回りでメイン会場が巡回するという意味だ。今回の会場となったのは、人口800人の小さな村だが、週末土日曜日で世界中から1万人近い人手がある。受付でグラスを購入すると、村のあちこちで、ワインをテイスティングできる。町中をパレードしてきた生産者たちは、教会に集合し、祝福のミサを受ける。
その後は各会場で用意されたイベント、食事会テイスティング会にそれぞれがエントリーしてこのお祭りを盛り上げる。
ミサに参加したシュバリエは、そのあとバスで総本山CLOS DE VOUGEOTに向かい13時45分からマチネ…とは名ばかりで、18時までランチをする。



今回の参加者は300名程度(前回11月は700人強だった)、日本からの参加者が私と友人だけだったので、幹事長が「ユミコの席はA1番だから」と真ん中1番前に指定されており、会が始まると「遠路はるばる!!」とステージから紹介くださった。会では昨年の天候、ブドウの生育と生産量、その品質などの説明と、このサン・ヴァンサンのお祭りにまつわるエピソード、感謝、祈りなど、心温まる言葉がユーモアーを交えて紹介される。そしてお料理、とはいうものの、やはり疲れは出るもので、途中メインデッシュの後で20分くらい寝落ちしたが、やはり私も生産者の端くれ、こんな素晴らしい会は、毎年参加したいと思ったほどだ。日本に例えるなら鎮守様のお祭りと新嘗祭が一緒になった町おこし。この日ばかりは高級ワインの作り手たちもみな一生産者になってワインの神様に祈りをささげるのだ。ワイン作りは本当に尊い仕事なのだと今一度肝に銘じた。
3泊5日の強行旅、気分良く帰国したのもつかの間、訳の分からないアレルギーを発症し、耳に大きなダメージを被った。疲れなのかストレスなのか、その直後北海道に行った時には調子良かったのだけど、知人曰く「名古屋アレルギーなんじゃないの(笑)」そうかもね~なんて言ってた矢先、フランスから交通違反の罰金のお知らせ。30年現地で運転していて初めてのことにさらにストレスは増すばかり、早く治さないと大好きな歌さえ歌えない!
しばらくは大人しく…春を待つことにしよう( ;∀;)。
コラム2 【師、曰く】 No.57
蒲郡観光交流おもてなしコンシェルジュ 妹尾 鷹幸(ペンネーム)
(株式会社構造計画研究所 名古屋支社長 妹尾(せのお) 義之)
ペンネームは、恩師、田坂広志先生の多重人格マネジメント、作家人格の名。心に鳴り響く言葉を今回も一筆。
『 リーダーの資質 』
令和8年2月8日、衆議院議員選挙。自民党は戦後初、3分の2以上の316議席を獲得し圧勝した。決して傲慢になることなく、勘違いした傲慢さは戒め、謙虚に賢明なる未来を創ることを、心から祈るばかりだ。党の力ではない。高市早苗旋風と言って異論を唱える者は居ないだろう。高市早苗その人が発した言葉に、少なからず胸を熱くした者は私だけではない。
「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いて参ります。皆様にも、是非とも日本の為に、また自民党を立て直す為に、沢山沢山、それぞれの専門分野でお仕事をして頂きますよう心からお願いを申し上げます。」「私はいつもボコボコに言われてますが、いつも I am who I am、前向きに生きてます。たった一度の人生。ちょっと難しいことだけど、1番やりたいことがあるなら、それより簡単な2番目を選ぶより、難しくても1番を選んでください。死ぬときに「あの時チャレンジしておけばよかった」と後悔するのは嫌だから。たとえ失敗しても、それは次の糧になる。それは大切な財産になるから。どうか、人生を大切に生きてください。」坂本龍馬の言葉も引用し「日本をいま一度、洗濯致し申し候」「未来は与えられるものではなく、自らの手で切り拓くもの。今の日本に、必要な言葉です。挑戦しない国に、未来はありません。守るだけの政治に、希望は生まれません。希望ある未来は、待っていてもやって来ない。誰かがつくってくれるものでもない。私たち自身が、決断し、行動し、つくり上げていくものです。」高市早苗その人の、そのままの言葉を書き連ねた。
師、曰く『たった3人の職場のリーダーであろうが、日本という国のリーダーであろうが、リーダーたるもの、「胸を打つ言葉」、「心に残る言葉」、「腹に響く言葉」、この「言霊」を発することができなければならない。』
ではどうすれば、「言霊」を語れるようになるのか。それは、自らが語っていることをどこまで深く信じているか。この一点に極まる。それも、無意識の潜在意識の世界で、信じ切れていることだと言われる。では、「信じ切る」にはどうしたらよいのか。そのためには、「心の双極性」を知ること、覚悟をもって「死生観」を定めることだと言われる。心の双極性については、No.19『自己限定』、No.48『心の双極性』に、死生観を定めることについては、No.03『人生の三つの真実』、No.32『メメント・モリ』、No.37『死生観』に執筆させて頂いたので、改めてお読み頂ければと思う。
そういう私自身も、果たして、言霊を発せているだろうか。自ら信じ切れていることを、二度とない今、一期一会の思いを込めて発せているだろうか。その為には、心の双極性を乗り越え、覚悟をもって死生観を定め、「一期一会」の真剣勝負の一瞬一瞬を、「今」を生き切る修行を続けてゆくのみだ。修行は続くよ、どこまでも。最後までお読み頂き、ありがとうございました。
コラム3 【げんき通信】 No.30
学校法人佑愛学園
愛知医療学院大学
リハビリテーション学部
リハビリテーション学科理学療法学専攻
講師 宮津 真寿美
『 大きい呼吸をやってみよう 』
<息をする>
刑事ドラマで、倒れている人を見つけ「息がない」と言っていたら、「死んでいる」という意味ですね。「息をする」ことは、「生きている」と同じ意味といっても過言ではありません。
息をすることを、呼吸と言います。吐く息のことを「呼気」、吸う息のことを「吸気」といい、呼吸はこの呼気と吸気の繰り返しです。
<息をするしくみ>
呼吸は、肺で行われています。肺は、胸部の肋骨で囲まれた空間である胸郭(図)の中にあり、肋骨の筋や横隔膜という呼吸筋が働いて胸郭を拡げると、肺に空気が入ってきます。それが吸気です。吐くとき(呼気)は、呼吸筋を休め胸郭が元の大きさに戻ることで行われます。深呼吸のように、大きく吸っている時は、他の筋も使って大きく胸郭を拡げています。安静時、一回の呼吸量は約500mlで、最大限の深呼吸をすると、男性成人で4000~4500ml、女性で3000~4000mlくらいになります。深呼吸すると、胸郭が大きく動き、安静時より呼吸量が6~9倍増えます。
<大呼吸のすすめ>
肺や気管の病気があるわけではないのに、日常生活で息が荒くなったり、以前より息切れを自覚することがありましたら、大きい呼吸をして、胸郭を動かし、呼吸筋を鍛えることが効果的かもしれません。1回の呼吸量が多い方が、呼吸が楽になります。胸郭の後方には背骨があります。胸郭を最大限拡げることは、肋骨や背骨の関節を動かすことになり、姿勢が良くなるとともに、胸郭まわりの筋が刺激され、肩こりなどが解消する可能性があります。
無理のない範囲で、5秒くらいかけて最大に吸って、6秒以上かけて吐けなくなるまで吐くという大きなゆっくりとした呼吸を、ちょっとした待ち時間やおふろで湯船につかっている時などに数回行ってみてください。
