産業懇談会【メールマガジン 産懇宅配便】 第186号 2017.11.30 発行

メールマガジン■産懇宅配便■

平成29年11月度(第186号) 目次
【29年11月度 産業懇談会(木曜G)模様】 11月2日(木) 12時00分〜14時00分
【29年11月度 産業懇談会(水曜第2G)模様】 11月8日(水) 12時00分〜14時00分
【名古屋いちばん物語】 No.103
【新会員自己紹介】
浅井 浩伸氏

株式会社アドメディアP&D 代表取締役

【12月度産業懇談会のご案内】
【産業懇談会「代表幹事講話」ならびに「新年合同懇親会」開催日程】
【お知らせ】
【コラム】
コラム1 【保健師からの健康だより】 No.164
コラム2 【「ほん」のひとこと】 No.109
コラム3 【苗字随想】 No.186
【29年11月度 産業懇談会(木曜G)模様】

テーマ: 『 茶会 「お茶に観る四季感」 』


日  時:平成29年11月2日(木) 12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル
参加者:22名
スピーカー: 下村 釟爾(しもむら はつじ)
元マルサンアイ株式会社 代表取締役・元全国味噌協同組合連合会会長
下村 孝爾(しもむら こうじ)
有限会社三渓 代表取締役

 今回は、いつもと趣向を変えて、名古屋観光ホテルでお茶会を実施した。
 昨年度は同じく下村様の企画により、ご自宅の茶室を訪問させていただき、伝統的なお茶会を開催したが、今年度はより多くの方々が気楽にご参加いただけるよう、名古屋観光ホテルにて実施。貴重な掛け軸や、茶器を惜しみなく披露いただき、大変有意義な体験ができた。

■茶道 久田流について
 久田流は、千利休の妹が久田家に嫁ぐ際にはじめた流派。女手前とされ、徳川家の縁のある流派(前 大樹寺 堀田岳成 貫主)である。尾張地方へは、幕末に下村実栗(哉明)が家元を預かり、茶道のため次男実軌をつれて隠遁し庵をつくり門弟を構えた。下村氏は、曽祖父が茶道久田流の家元を預かっていた家系にあり、幼少期より茶道との関係のある環境にあった。毎日、茶道に親しんでいたため、茶道の精神であるお客様への気配り、独特の美意識を大事にされている。久田流は小さい流派であり、流儀の茶道具の散逸に歯止めがかかればと思い、現在にいたっている。

■お茶に観る四季感
 わび茶の源流は千利休にあり、利休七則では「冬は暖かく、夏は涼しく」と言われるように季節感を大切にしている。例えば、夏の茶碗はより冷たくいただけるよう浅い茶碗、冬は冷えないように、筒の高いものを使用するなど、季節によって著しく形を変える。季節は全て旧暦で考え、「春:1〜3月、夏:4〜6月、秋:7〜9月、冬:10〜12月」と分ける。お茶の世界では、11月(旧暦10月)がいわゆるお正月で、立冬(亥の日)に炉をたいてお迎えする(炉開き)。このときにいっしょにいただくのが、猪を模した「亥の子餅」である。
 また茶事は「初座-中立-後座」の流れで、まず食事をし、一旦座を改めた後、亭主が再びお迎えして濃茶・薄茶を飲むが、現在は略式で行われることも多い。濃茶は、複数人で飲み回し、私語が禁止の世界。薄茶に移行してようやく座布団・たばこ盆が出され、雑談が可能となる。
 お茶椀には唐物(からもの)と和物(わもの)があり、色・形・柄はさまざま。季節や用途に応じて、楽茶碗、平茶碗、筒茶碗など様々な種類がある。
 お茶は様々な形式があるが、その中に生きている日本人の美意識を大切にしている。お客様をお迎えする心、お客様のことを想って準備する気遣いなどは、現代を生きる私たちにも大切なこと。また、茶道具ひとつにも、様々な由来があり、茶道具そのものの価値よりも、まつわる由来・エピソードにこそ価値があることも非常に興味深い。
 茶道久田流や茶道具についてのご説明の後、お抹茶を振舞っていただいた。季節のお菓子(亥の子餅)と女手前である久田流の繊細かつ優雅な作法で振舞われるお茶をいただき、茶道を通して四季の移ろいを感じることができた。古来、日本人が大事にしてきた、ものを大事にする心、お客様をお迎えする気構えに想いをはせ、楽しい時間をすごすことができた。

木曜グループ1
下村 釟爾さま
木曜グループ2
貴重な茶器や軸
(なかには安土桃山時代のものも!)
木曜グループ3
国宝級の茶器で特別にお茶が振舞われた
木曜グループ4
興味深くご覧になる参加者の皆さん

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【29年11月度 産業懇談会(水曜第2G)模様】

テーマ: 『 統合温湿度監視記録システム
          e-mesh moderno(イーメッシュモデルノ)のご案内 』


日  時:平成29年11月8日(水) 12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 18階 伊吹の間
参加者:31名
スピーカー: 井上 真純(いのうえ まさずみ)
サンデン・リテールシステム(株) 東海・北陸支社長
川添 和朗(かわぞえ かずろう)
同社 東海・北陸営業部 部長
岡田 雄次(おかだ ゆうじ)
同社 IoTビジネス推進部リーダー
井上 真純氏
井上 真純氏
岡田 雄次氏
岡田 雄次氏

1.会社紹介
 サンデングループは、自動車機器システム、自然冷媒プロダクツ、流通システム、住環境システムの4つの事業領域を柱に、カーエアコン(世界シェア25%)、流通システム(世界シェア30%)などの魅力のある製品、システム、サービスを通じて、みなさまの快適な暮らしを支えている。23カ国・地域54拠点のグローバルネットワークにより、挑戦と改革を通じて「環境」を軸に新たな価値を創造し続けており、群馬県赤城山の麓に民間初の大規模近自然工法によって建設されたサンデンフォレスト・赤城事業所では、マザー工場として「環境と産業の矛盾なき共存」をコンセプトに環境の大切さを発信し続けている。

2.e-mesh modernoのご案内
 流通システム事業を担うサンデン・リテールシステムでは、冷凍・冷蔵ショーケース、自動販売機、コーヒーマシンなどお客様のビジネス成長に貢献する製品、システム、サービスを提供しているが、本日はe-mesh modernoという食品工場から、食品倉庫・店舗までHACCP対応を強力に支援する統合無線環境モニタリングサービスをご案内させていただきたい。
 e-mesh modernoでは、センサで測定した温湿度データを、ベースステーションからLTE/3G通信でクラウドに送信・保存し、お客様のPC、タブレット、スマートフォンによって、何時でも、どこでも閲覧が可能となっており、データの見える化に対応。リアルタイムでのアラート通知や、1拠点最大100個のセンサによる多点温湿度モニターの一覧表示機能もある。またメッシュネットワークなどの最新の無線技術を採用することで高い信頼性を実現しており、クラウドに保存されたデータは、EXCELファイルやグラフなどによる出力が随時可能で、月次報告書などの統計・レポートの作成が簡単に作成できる。

<e-mesh moderno の7つの特長>
1. 簡単設置
 ・配線が不要で、計測箇所に無線センサを配置し、通信機をコンセントにつなぐだけ。
2. 簡単設定
 ・専用ソフト不要で、URLをダウンロードし、ID・パスワードを打ち込むだけで使用可能。
3. 安心設計
 ・切れない無線ネットワーク(通信状態が見えます)で、異常警報機能も備えています。
4. 便利機能
 ・各種の統計出力が可能で、帳票作成・自動印刷等の機能により業務軽減に寄与します。
5. 定額設定
 ・機材の初期費用“0”。月々の定額使用料でトータルサービスを提供します。
6. 長期保証
 ・電池型センサ(常温環境で5年)使用で、交換時無償で対応します。
7. 最新仕様
 ・常に最新のソフトを無償でバージョンアップし、お客様のご要望にもお応えしていきます。


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【名古屋いちばん物語】 No.103


テーマ: 『 「住吉の語り部となりたい」 シリーズ第80回 』

料亭つたも主人
深田正雄(栄ミナミ地域活性化協議会)

戦前の蔦茂旅館そして空襲後の再建・・建物の記憶より

 現在の料亭蔦茂本店の移転計画が発表され、多くのお客様から建造物を惜しむお声をいただき感謝申し上げます。耐震工事や防災、保守管理の面から、現状の建造物での営業は困難と判断した次第ですが、戦後、名古屋では一番初めに開業した旅館でもあり、旧館からの思い出を語っていきたいと思っております。

<ウイキペディアより名古屋大空襲の一部を引用>
 1945年(昭和20年)1月にカーチス・ルメイが第21爆撃集団司令官に着任してからは、焼夷弾を用いた市街地への無差別爆撃が始まり、3月頃からは深夜の空襲が多くなった。3月12日未明、B-29爆撃機200機による名古屋市の市街地に対する大規模空襲が行われ、105,093人が罹災した。死者519人、負傷者734人に上り、家屋25,734棟が被災し、市街の5%が焼失したとされる。3月19日午前2時頃、B-29爆撃機230機による名古屋市の市街地に対する大規模空襲が行われ、151,332人が罹災した。死者826人、負傷者2,728人に上り、家屋39,893棟が被災した。中区、中村区、東区などの市中心部は焼け野原となり、1937年(昭和12年)に竣工したばかりの6階建ての名古屋駅の焼け焦げた姿が遠くからでもよく見えたという。

住吉写真1
焦土と化した栄・広小路

 昭和20年3月2回にわたる焼夷弾の攻撃で栄地区は全て焦土と化し、蔦茂旅館も庭石と石灯篭を残して全焼したので、なにも記録が残っていません。蟹江町須成の深田本家に叔父・深田次郎(大正11年・八百屋町1-12にて出生)と仲居が昭和初期に中庭で撮影したセピア色の写真などが見つかりました。

住吉写真2
戦災で焼ける前の蔦茂旅館:中庭での深田次郎(叔父)と
中居達(昭和2年頃)
住吉写真3
創業女将・深田静江(祖母、明治25年生まれ)遊び人の祖父を支え、細腕繁盛記のモデルのような女傑でした。

 蔦茂旅館の中庭の石組、そして、青銅の鶴2匹、石細工の親子カエル、現在も本店に残っています。焼け跡に埋もれた庭石共に、灯篭は窃盗から逃れ、現在も小さな中庭に不釣り合いに置いてあります。また、「清州越し」からの井戸も3本残っていますが、現在、地中10mから汲み上げしている稼働中のものはとうとう南側の一本のみとなってしまいました。
 地下水の温度は四季を問わず常に17℃と一定であり、夏涼しく、冬暖かい流れに恵まれ、池の鯉もすくすく育っておりました。しかし、本年1月水脈が変化したのか復旧に7日ほど費やし、寒中の低水温に耐え切れず、多くの鮮やかな大型錦鯉が天国に召される事態となりました。

住吉写真4
戦災から残った:石灯籠、親子の石カエル、玄関先の井戸

 昭和21年秋には、戦災復興の一環で宿泊施設が必要との政策で、公的資材の提供を受けていち早く7部屋の蔦茂旅館が開業しました。区画整理事業で私有地の40%供出、道路幅が5.4mから15mとなり奥にあった井戸は玄関先に、敷地が狭くなり庭石を活用するために平らな庭は、瀧が流れる山岳風となりました。
 そして、各客室のみならず、お風呂の湯殿・脱衣室、トイレ(各大便所)に電話を常設、いつ申し込んだ市外電話が通じても対応できるとビジネスマンには大好評であったといわれています。当時は、東京に電話をNTTに申し込み、繋がるのは30〜60分くらいを要したといわれ、受信対応が必須でした。玄関わきに大型の交換台を設置、そして、電話交換手は女性の花形の仕事でした。テレビも昭和28年の試験放送から、全室で視聴できると話題の旅館でした。また、料亭として接待もできると大繁盛しておりました。戦後は統制があり料亭という商いは認められず、宿泊のついでに仲間と会食・・・宴会・・・都合で泊まらずに帰宅?という形態、そして、中京連、浪越連、城西連、名妓連と多くの検番から芸妓が派遣され常駐していました。施設の中で、調理場の面積が広いのは売り上げの多くを料理屋業に依存していたからです。

住吉写真5
戦後再建した蔦茂旅館 1階平面図 現在地南側と同じ:2階に5客室
調理場、風呂場、トイレが多くの面積を占め、 料亭飲食主体の旅館でした。 【拡大図

 また、宴席のお客様がご到着され、お茶を楽しみ、浴衣・丹前に着替えて一風呂浴びて芸妓が入り宴会というパターンも多く、イタリア大理石の壁・床、そして、槙の風呂おけ、シャワーなどユニークな調度も話題のようでした。
 店舗の南西角には、調理場の煮方台があり午前9時ごろから鮪節を引き、一番出汁をとる香りが住吉の名物のフレーバーとして通りかかる人々に憩いの香りを現在も提供しております。栄ミナミの3大フレーバーともいわれ、南大津通の妙香園さんのほうじ茶を煎ずる匂い、南呉服町の「いば昇」の蒲焼の匂いの3つが名物「街の香り」でしたが、近年、消防からほうじ茶を路上で煎じてはダメとのことでチョット寂しくなりました。
 昭和25年ころの蔦茂旅館南角での写真、真ん中の母に抱かれている可愛い男の子が正雄君、一番左が祖母、右から2人目が祖父、後ろの黒塀はヒノキとヒバで現存しています。
 なお、料亭蔦茂の歴史と変遷について、くわしく深田正雄HP「住吉の語り部第10回より第15回」(2012年1-6月掲載)をご覧になってください。
http://tsutamo.com/fukada/fukada41.htm

住吉写真6
旅館の大風呂
住吉写真7
昭和25年蔦茂南、
右の出窓から出汁の香りがイッパイで現在も住吉名物です。

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【新会員自己紹介】

浅井 浩伸氏
木曜グループ

浅井 浩伸(あさい ひろのぶ)
株式会社アドメディアP&D/代表取締役

【株式会社アドメディアP&D】
〒451-0043 愛知県名古屋市西区新道2-11-11 #909
TEL:052-565-0012
E-mail:ad@admedia.biz
URL:http://admedia.biz/

 株式会社アドメディアP&Dの浅井でございます。このたび産業懇談会木曜グループに参加させていただくことになりました。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 弊社は、広告制作業を行っております。
(1)写真撮影、動画撮影、映像コンテンツの企画・制作
(2)各種印刷物、デジタルコンテンツのデザイン・企画・制作
(3)Webサイト(ホームページ)のデザイン・企画・制作・運営
を中心に事業展開しております。

 撮影業務では、ポートレート、インタビュー、企業広報、店舗、商品、料理、ブライダル、イベント、学校行事、360°パノラマ、空撮などを行っております。
 デザイン業務では、会社案内、学校案内、卒業アルバム、各種パンフレットなどグラフィックデザインやWebデザイン(ホームページのデザイン)などを行っております。また、Webサイト(ホームページ)の制作、運用、管理なども行っております。

 弊社は、細部にこだわり一つ一つ丁寧に、お客様に満足していただける広告制作・ものづくりを目指しております。

 最後になりますが、この会に参加させていただくことで様々な業種・業界の皆様と交流できますことを楽しみにしております。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

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12月度産業懇談会のご案内
グループ名 世話人 開催日時 会場
火曜グループ

富田 茂
広井幹康
深田正雄

12月12日(火)
18:00〜20:00
料亭蔦茂
電話:052-241-3666
名古屋市中区栄3-9-27
水曜第1グループ

淺井博司
足立 誠
落合 肇

12月6日(水)
18:30〜20:30

尾州
電話:052-583-8333
名古屋市中村区名駅南1-16-10

水曜第2グループ

片桐清志
大倉偉作
見祐次

12月13日(水)
18:00〜20:00
松山閣 松山
電話:052-527-8841
名古屋市中村区名駅4-7-1
(ミッドランドスクエア4階)
木曜グループ

河村嘉男
倉藤金助
田憲三

12月7日(木)
18:00〜20:00
札幌かに本家 栄中央店
電話:052-263-1161
名古屋市中区栄3-8-28
(プリンセス大通り・丸栄南)

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【産業懇談会「代表幹事講話」ならびに「新年合同懇親会」開催日程】

産業懇談会「代表幹事講話」ならびに「新年合同懇親会」のご案内

 毎年恒例の産業懇談会4グループ新年合同懇親会を、下記の通り開催いたしますのでご案内申し上げます。
 本年は、富田英之筆頭代表幹事からご講話をいただきます。また、年の初めに、産業懇談会メンバーの皆様に親睦を深めていただきたく、あわせて新年合同懇親会を開催いたします。是非とも多数ご出席くださいますようお願い申し上げます。

日時 平成30年1月29日(月)17:30〜20:00
              17:30〜18:30 富田英之 筆頭代表幹事の講話
              18:45〜20:00 新年合同懇親会
場所 ウェスティンナゴヤキャッスル 2階 青雲の間
ご講話演題 「創意と躍動に生きる 〜大転換期に考える『伝統と革新』〜」
懇親会費 10,000円
※当日、講演会場受付で頂戴いたします。
※講演会のみご出席の場合は会費不要です。
本状ご案内先 代表幹事および産業懇談会メンバーの皆様
産業懇談会メルマガ受信会員の皆様
平成29年度中部経済同友会にご入会された皆様
事務局連絡先 担当:光家・多田
電話:052-221-8901
その他 ・食事の手配など準備の都合上、ご出席の場合は同封のFAX用紙で1月19日(金)までに必ずお知らせ願います。(代理出席はできませんのでご留意ください)
・お申込後のお取り消しにつきましては、1月24日(水)までにお知らせください。それ以降にご連絡いただいた場合は、会費を申し受けることになりますので、ご了承願います。

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【お知らせ】

産業懇談会メールマガジン配信について

○メールマガジンの配信は無料です。配信をご希望でない方はお手数でも下記ボタンを押して、メールをご返信いただければ幸いです。ご意見などございましたら、そのメールにお書き下さい。

メールマガジンの配信を ○希望しない

○2016年6月24日より、本メールマガジンの運用ルールを明確にさせていただき、本会をご退会された方は自動的に配信を停止させていただくことといたしました。誠に勝手ながら、ご了承くださいますようお願いいたします。
なお本メールマガジンは、中部経済同友会ホームページ「産懇宅配便ポータルサイト」からすべてのバックナンバーをご覧いただけます。ご退会後はウェブ上で引き続き閲覧いただければ幸甚に存じます。

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【コラム】

コラム1 【保健師からの健康だより】 No.164
保健師からの健康だより

株式会社 スズケン
保健師 鳥巣 妃佳里

『 幸せに生きるためにできること 』

 街中にイルミネーションやクリスマスの飾りのされた場所が増えてきました。毎年のことですが「もう一年が終わるのか」と時の流れの速さを感じます。12月に入るとすぐにノーベル賞の授賞式がありますね。4年連続で日本人の受賞があるかと期待されていましたが、(文学賞のカズオ イシグロ氏は、ノーベル財団の公式プレリリースでは英国人作家と紹介されていますので)この期待は次回に持ち越されました。

 ダイナマイトの発明で巨万の富を得たアルフレッド・B・ノーベルが賞の設立を考えたのは、自分の兄の死をノーベルの死と勘違いした地方紙が出した「死の商人、死す」という記事を見て、死後の評価を気にするようになったからだと言われています。ノーベルの人生には様々なことがあったようですが、これほどの功績をあげた人が死後の評価を気にして遺言を書きかえるくらいですから、人が社会で生きていく時に、多かれ少なかれ人の評価が気になるのは仕方のないことなのかもしれません。

 「自己中心的」という言葉を聞いた時、多くの人は「自分のことしか考えない人」「周りの迷惑を考えない人」をイメージすると思います。一方で「気を遣って相手に話を合わせる人」「遠慮して言いたいことが言えない人」「周りを気にしすぎる人」のことは、「人が良い」「気が弱い」「優しすぎる」等と表現します。けれども心理学の世界では、そういう人も「自己中心的」とされます。なぜなら「周りを気にしすぎる・・・・」という行為の根本にあるのは、「自分が周りからどうみられるか」を気にする、他者からの良い評価を求める気持ちだからです。そして行動が異なるのは、前者は自己評価が高すぎて自分の長所と相手の短所を比較しているのに対して、後者は自己評価が低すぎて自分の短所と相手の長所を比較しているからです。でもどちらも目が向いている先は自分なので、自己中心的とされるのです。
 そもそも自己評価とは「(自分の)物事の捉え方」に影響された思い込みです。ある研究によれば自己評価と他者評価にはおよそ20%のズレがあると言われています。程々であれば、他人の評価を気にすることは、社会規範を身につける、組織内のコミュニケーションを円滑にする、など役立つ面もあります。ですが行き過ぎると疲労が溜まって消耗し、理由のわからないイライラを引き起こしたり、ストレスを高めたりして、トラブルや健康障害につながります。

 ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは、「もしも私たちが謙遜ならば、褒められようと、けなされようと気にしません。もし誰かがあなたを非難しても、がっかりすることはありません。反対に誰かがあなたを褒めてくれたとしても、それで自分が偉くなったように思う必要もありません」という言葉を残しています。ここで使われた「謙遜」は、キリスト教内での解釈だと一般の意味とはすこし違う内容を含むようですが、彼女ほどの人になると物事の捉え方のレベルが違うなと感じさせられます。奢ることも卑屈になることも囚われることもなく、自由に謙虚さを持って過ごすのが一番幸せな生き方なのかもしれません。幸せに生きるのも不幸せに生きるのも、自分次第なのでしょう。

 ノーベルでさえ最期まで人の評価を気にする気持ちを持っていましたが、それゆえに設立されたノーベル賞は、ノーベルの死後120年近く続いています。自己中心的も度が過ぎて囚われることがなければ悪くはありません。凡人の私がマザー・テレサのように物事を捉えて過ごすことは想像もできませんし、目標を掲げて取り組むことは大切ですが「せねばならない」と囚われ過ぎると苦しくなります。ただ、なにかうまくいかない時、イライラしたり苦しくなったりする時に自分の物事の捉え方を見直す指標として持っておくことが、私たちが幸せに生きるためにできることなのではないでしょうか。

幸せに生きるのも、不幸せに生きるのも自分次第。特定のことに囚われすぎず、自由に謙虚でいることが 幸せに生きるためにできること

 平成23年に前任の佐藤保健師から引き継ぎ、約7年間書き続けてきた「保健師からの健康だより」ですが、このたび転職に伴い卒業することとなりました。このような機会をいただき、拙い文章ではありましたがご愛読いただけましたことに、心より感謝致します。ありがとうございました。今後もこのコラムは後輩たちが引き継いでくれる予定ですので、引き続きよろしくお願い致します。
 末筆ではありますが、皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げてご挨拶とさせていただきます。長い間ありがとうございました。

平成29年11月20日
鳥巣 妃佳里

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コラム2 【「ほん」のひとこと】 No.109
コラム【「ほん」のひとこと】

株式会社 正文館書店 取締役会長
谷口正明

『 三河に岩瀬文庫あり 』
塩村耕編・風媒社刊

 去る9月23日秋分の日、私ども正文館書店の知立八ツ田店ではトークイベント「三河と古書の特別な関係」を開催致しました。この企画は私どもの創業100周年記念のイベントの一つで、この本の編著者・名古屋大学の塩村耕教授に講師をお願い致しました。
 三河には、渡辺政香を源流に羽田野敬雄など、古書に人並み外れた情熱を傾けた先人がいたそうですが、岩瀬文庫を創設した岩瀬弥助もその一人です。この先人たちの先見性は、単なる蔵書家ではなく人々にその蔵書を公開していたことにあります(羽田野は貸出まで行ないました)。この本の副題が「図書館の原点を考える」であるのはそのためです。
 明治41年開館の私設図書館・岩瀬文庫には、約81,000冊23,000タイトルの蔵書がありますが、その中心は江戸時代に作られた古典籍です。愛知県に住みながら、過日初めて西尾市にある岩瀬文庫に行ってきました。平成15年に「日本初の古書ミュージアム」としてリニューアルオープンした館内には和装本の装丁・写本の特徴・版本の歴史などがわかりやすく紹介され、蔵書の一部のレプリカを手に取ることができるコーナーもありました。閲覧室では原本をじかに読むことができるそうです。平成30年1月21日まで、「飢饉再考」という企画展が開催されています。

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コラム3 【苗字随想】 No.186
コラム【苗字随想】

片桐清志

「芸名」あれこれ(4)

 今月は前回の続きで、女優の芸名で映画雑誌「キネマ旬報」が2000年に発表した「20世紀の映画スター」の8位以下からピックアップしてみる。
 第8位に選ばれたのは岸 恵子で、彼女は文筆家でもあるが女優も作家も本名で活動している。もともと作家志望だったが、見学先の松竹大船撮影所でスカウトされ銀幕デビューとなった。日仏合作映画「忘れえぬ慕情」の出演が縁で監督のイヴ・シャンピと結婚し、パリに居住しながら女優活動を続けた。
 同じ8位には若尾文子がいるが、彼女も本名だ。30歳でデザイナーの西舘と結婚したが6年後に離婚、50歳で建築家黒川紀章と結婚しているので、現在の本名は黒川文子ということになる。
 第10位は岩下志麻で、デビュー時から本名のままだ。正確には篠田正浩監督との結婚により、篠田志麻となっている。
 同じ第10位には富司純子がいる。旧芸名はデビュー時(1963年)にマキノ雅弘から貰った藤 純子だ。1972年に四代目尾上菊之助(7代目尾上菊五郎)と結婚後引退し、1974年からは本名の寺島純子でTV番組の司会として活動している。1989年の女優復帰時から富司純子の芸名を使っている。デビュー時の本名は俊藤(シュンドウ)だ。非常に珍しく、須崎のホームページでも3万9千番台だ。
 岩下は2004年に紫綬褒章、2012年に旭日小綬章を受章、富司は2006年に紫綬褒章、2016年に旭日小綬章を受章している。
 第12位は久我美子(クガ・ヨシコ)だ。本名は小野田美子(オノダ・ハルコ)だ。結婚前の旧姓は久我(コガ)で、華族の家柄だ。侯爵令嬢として生まれ、学習院女子中等科在学中にデビューしている。久我の読み方は一般的にはクガだが、ヒサガ・クゲ・コガの読み方がある。ランキングは須崎のホームページでは1870位だ。
 同じ12位には美空ひばりがいる。本名はご存知の加藤和枝だ。没後の1989年に歌手としては藤山一郎以来二人目の、女性初の国民栄誉賞を贈られた。

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【平成29年11月号編集後記】

 少子高齢化問題は中部経済同友会でも度々取り上げられるテーマだ。その多くは人口構造の変化がもたらす経済問題、社会福祉問題だ。先日ある講演会で子供の成長過程に注目した話を聞いたので紹介したい。
 親が子を見る目は血縁が強いため、深い愛情と子供の将来を思う厳しさを持つ「縦の目線」だ。少子化で多少変化はするが、縦の関係の基本は変わらない。また、他人が子供を見る目は血縁がないため、少し距離をおいた客観的で冷静に見る「横の目線」だ。「縦の目線」と「横の目線」は少子化が進む中でも多少の変化はあるが存在し、子供の成長に様々な影響を与える。
 少子化が進んだために劇的に変わっているのが親戚関係だという。団塊世代が成長した時代には叔父さん,叔母さん、いとこがたくさんいた。叔父さん、叔母さんが甥や姪を見る目が「斜め目線」だという。叔父さん、叔母さんが甥や姪を見る時は自分の子と比較しながら見ている。甥や姪の親に一目置くためうわべは褒めながらも、やっぱり自分の子がかわいいと思っている。この微妙な目線を甥や姪は敏感に感じながら育つ。このため子供の感性は豊かになり、ホンネとタテマエへの対応能力も磨かれる。
 ところが少子化が進んだ今では親戚の数が激減し、「斜め目線」が無くなりつつあるという。「縦の目線」と「横の目線」だけを受けながら育った子は、成人になって遭遇する複雑な人間関係が苦手になるという。「斜め目線」が人格形成に果たす役割を指摘された話は初めて耳にした。
 講師は「斜め目線」を補うのは地域コミュニティだとアドバイスされた。子供は地域の宝という考え方だ。ところが個人情報保護法の登場以来、地域コミュニティが危機にさらされているという。同感だ。プライバシーは尊重されるべきだが、地域の絆がなくては「社会」は正常に機能しない。子供の成長問題だけではなく、高齢者の見守りや防犯・防災等、地域の絆はソフト面の社会インフラだ。
 当会でも地域再生、まちづくり等のテーマで地域コミュニティの大切さが指摘されている。「斜め目線」をたっぷり吸収して育ったシニア世代は「斜め目線」の大切さを実感できる。それを地域コミュニティづくりに役立てたいものだ。

 永らく「保健師からの健康だより」を担当していただいた鳥巣さんがこの度転職されることになった。約7年間に亘りタイムリーなアドバイスをたくさんいただいた。この場を借りて感謝の意を表するとともに、新天地でのさらなるご活躍をお祈りする。

(片桐)