産業懇談会【メールマガジン 産懇宅配便】  第117号 2012.2.29発行

 メールマガジン■産懇宅配便■

平成24年2月度(第117号) 目次
【24年2月度産業懇談会(木曜G)模様】 2月2日(木) 12時00分〜14時00分
【24年2月度産業懇談会(水曜第2G)模様】 2月8日(水) 12時00分〜14時00分
【名古屋いちばん物語】 No.26
【新会員自己紹介】
中川 勝治氏 株式会社構造計画研究所 中部営業所 所長
【3月度産業懇談会開催日程】
【4月度産業懇談会開催日程】
【お知らせ】
【コラム】
コラム1 【保健師からの健康だより】 No.95
コラム2 【「ほん」のひとこと】 No.40
コラム3 【苗字随想】 No.117

【24年2月度産業懇談会(木曜G)模様】

テーマ『 電力事情について 』

日  時:平成24年2月2日(木) 12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 桂の間
参加者:24名

スピーカー:
木 洋(たかぎ ひろたか
中部電力(株) 常務執行役員 名古屋支店長

木 洋骼

1.電力需給バランス  
 夏の平日の電気の使われ方は、13時〜16時がピークである。電気を安定的に供給するために、ピークに合わせて発電設備能力を整えている。しかし、昨年の夏は浜岡原子力発電所の停止により、供給力が不足する事態となったため、供給面の対策として「火力発電所の長期計画停止の繰り延べ」、「長期計画停止火力発電所の再稼働」、「火力発電所の定期点検時期の調整」などを行った。また、需給面の対策としては「自家用発電設備の発電量増加のお願い」、「需給調整契約(工場の休日等を土日→平日へ変更)の拡大」、「節電のお願い」などに取り組んだ。
 電力供給において、発電所のトラブルの発生は無視できない。昨夏も頻繁に補修作業が必要であった。今年の夏は、新潟県の火力発電所が稼働するが、それだけでは供給力が十分とは言えず、引続き火力発電所の定期点検時期の調整などを検討中である。当社は供給力確保に全力を挙げるものの、お客様には無理のない範囲での節電をお願いしなければならいないと考えている。
 冬は、午前から点灯時間帯にかけて需要が高い状況が持続するため、夏と比べて電力需要に対する供給予備力が少ない時間帯が長くなる。また、今年の冬は、厳しい寒波で電力需要が高く厳しい需給状況が続いているが、お客様の節電のご協力などを得ながら、安定供給に努めている。
 また、夏よりも需要の低い冬になぜ電力供給量が厳しくなるのかという問い合わせを多くいただく。火力機の定期点検には法的期限がある。点検は、電力需要の少ない春・秋を中心に行なう。しかし、火力機の数が多いため、点検が夏・冬期にかかってしまうことも避けられない。昨年の夏の厳しい電力需給状況を乗り切るため、夏期の点検を調整したこともあり、今冬に一定量の火力機停止は避けられなくなっている。

2.これからのエネルギー供給
 産業革命以降、エネルギー使用量は飛躍的に増加した。石炭、次いで石油が使用され始め、20世紀後半以降、天然ガス、原子力が消費されてきた。最近は、生産技術の革新により、シェールガスなど新たな非在来型の資源が生産されるようになってきたが、いずれにしろ、エネルギー資源は有限であることから、うまく組み合わせて使っていく必要がある。 また、日本のエネルギー自給率はわずか4%であり、海外からの輸入に頼らざるを得ない。昨今、新興国のエネルギー消費拡大や資源価格の高騰が続く中で、エネルギーを長期に安定的かつ経済的に調達できるかは、不透明な状況である。今後のエネルギー供給は、安全性を確保した上で、安定供給、環境保全、経済性を同時に達成していくことが重要である。そのためには、多様な電源をバランス良く組合せることで、リスクに強い供給をめざしていくことが必要である。
 次に、日本の発電電力量の構成比の推移である。電力会社は電源のベストミックスに取組んできた。1973年のオイルショック時代の構成比は73%が石油であった。その後、原子力、LNG、石炭の構成比を高め、現在は原子力29%、LNG29%、石炭25%、水力8%、石油7%となっており、約3割を原子力でまかなっている。なお、再生可能エネルギーは、現状は1%に過ぎないが、枯渇することない国産エネルギーとして財政支援も進められることから、今後拡大する見込みである。

3.今後のエネルギー政策
 エネルギー政策は国家の安全保障に直結する重大な課題であり、国民的議論が必要である。その際には、【1】日本は資源が乏しく、エネルギー自給率は4%であること、【2】電力の輸入が困難な島国であること、【3】省エネ・節電技術は世界の先端を走るが、世界5位のエネルギー消費大国であること、【4】新興国の急成長により、化石燃料の需給がタイト化、価格が高騰していること、【5】化石燃料はCO2を排出すること、以上の点を十分に踏まえて議論を行う必要がある。引き続き、再生可能エネルギーや省エネルギーに力を入れることはもちろん、将来にわたってエネルギーを安定的に確保するためには、安全・安心を大前提とした上で、原子力が一定の役割を果たすことが必要と考えている。当社は、浜岡原子力発電所の津波対策工事を鋭意進めているが、これをはじめとして、徹底的な安全対策を実施し「世界一安全対策を実施している発電所」として、地元をはじめ国民の皆さまのご理解をいただくことを目指していく。

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【24年2月度産業懇談会(水曜第2G)模様】

テーマ『 夏目漱石をたずねて 』

日  時:平成24年2月8日(水)12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 桂の間
参加者:39名

スピーカー:
多賀 潤一郎(たが じゅんいちろう)
イビデン(株) 最高顧問

多賀 潤一郎氏

1.経済同友会と私
 昭和60〜62年、社長在任中に中部経済同友会・代表幹事を務めさせていただいた。本日はなつかしい方々に会うことができ、嬉しく思う。同友会は他の経済団体と違い、個人会員で自己研鑽が特徴であり、世話人の方はテーマや講師の選定で苦労されていると思う。本日の話が役立つか自信がないが精一杯お話したい。

2.何故、漱石か
 漱石の小説に出会ったのは大垣の中学生時代で、最初に「坊っちゃん」、面白いと思った。次に「吾輩は猫である」は、話の筋やストーリー性がなく、本当に小説かと疑問に思いつつ苦労しながら半年くらいかけて読んだ覚えがある。大学時代に、ある人から「難しい哲学書はわからないだろうから、漱石の本から読み始めたらどうか」と言われた。また、会長になった時に、未だに「吾輩は猫である」の良い点や魅力がわからず再読し、改めて面白いと思った。その後、地元の大学などで「漱石の話をして欲しい」と依頼され、何度も話しているうちに専門家と言われるようになった。実際は研究家でも学者でもなく、一読者である。明治から今日までの小説家で第一人者は、夏目漱石と言う人が多い。漱石の作品は日本の小説の古典である。

3.漱石はどんな人か
 漱石の作品には、彼の人生が影を落としている。彼は五男であり、生後すぐに里子に出され、また養子に出された。しかし、養父母が離婚し行き場がなく、実家に帰るも厄介者扱いにされた。幼少期の経験については「道草」という小説で自伝的に語っている。中学時代は親戚や友人宅を渡り歩いたり、病気にもなり落第した。当時、落第は世間に恥ずかしいことであり、落ち込んだという。(太宰治は、漱石と似た境遇であったが人生に失望し、心中してしまう。)しかし、漱石は何とか立ち直り帝国大学(現:東京大学)を最優秀の成績で卒業し、高等師範学校(現:東京高等師範学校)の講師になったにもかかわらず、松山の中学校の教師に転じた。松山での生活は、親友である正岡子規の俳句の影響を受け、漱石が作家になる下地となったと思われる。その後、熊本の高等学校の講師となり結婚して、人生に大きな影響を与えたロンドンに留学した。留学生活は孤独でお金もなく、2年で帰国し、東大で英文学の教授となった。まじめな講義は評判が良くなかったので、ホトトギスを書いている高浜虚子から小説を勧められ、書いたのが「吾輩は猫である」であった。
 最初の漱石の小説は、とても評判が良く、2回目以降も短編小説として続いたが、筋がない。しかし、小説というものは、登場人物の心の動きをつづる方が面白いとも言える。次に、「坊ちゃん」を書いた。その後、朝日新聞社から「新聞小説を書いて欲しい」と依頼され、東大教授を辞めて本当の作家活動に入って行った。その10年後、49歳で亡くなり、短い人生であった。対照的なのは森鴎外であり、医学を学ぶ為ドイツに留学、帰国後幾多の短編小説を書き、軍医総監になった。70歳まで生きた、ロマンスも多い華やかな人生であった。短く波乱の人生を送った漱石であったが、小説の価値は森鴎外にも劣らないものであった。漱石という人物の特徴は、人生に失望し、自殺願望があったこと、親を見返してやるという人生を送り、大学教授の職を捨てて、作家活動に専念したことである。

4.作品
 前期三部作は、「三四郎」「それから」「門」である。「三四郎」は青春小説であり、熊本の高校を卒業し東大に入り、東京生活の恋物語である。東京の女性は進んでいて頭の良いように思えてたじろぐ。「それから」は、男女の生々しい小説である。好き嫌いから愛へ、やがて結婚し生活する展開となるが、内容はいろいろ解釈があり難しい。「門」は、略奪婚の話である。結局、男女の関係は簡単なものではないということである。
 後期三部作は、「彼岸過迄」「行人」「こころ」である。同じように男女の関係を描いているが、男のエゴにふりまわされる女の話である。「彼岸過迄」は、兄弟のように仲の良い従兄同士の結婚問題や嫉妬などを描いている。「行人」は、男は身勝手であることを描いている。「こころ」は今日まで一番売れている小説である。また、 「道草」は、親と子、夫と妻の物語である。

5.読書のかたち
 人間は思っていることとやっていることが違う場合があり、本音と建前がある。漱石の小説は、人間は本当の気持ちだけではないことを描いている。一度読んでいただきたい。また、小説はストーリーと言うが、心の動きをつづったものが小説である。さらに、リーダーシップは知識、情報よりも人間と人間の関係、人間的考え方、あるいは人間はいかに生きるかに関連してくる。ドラッカー以上に、漱石の小説を読むことにより、見識、情操、教養が少しは豊かになってくると考える。

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【名古屋いちばん物語】 No.26

テーマ『 「住吉の語り部となりたい」 シリーズ第11回 』

料亭つたも主人
深田正雄

道楽三昧できた最後の旦那衆・深田良矩

 海部郡蟹江の須成・大ダンナで明治26年より村長職を務め、須成祭のスポンサーであった深田錬輔の嫡男として良矩は明治21年2月10日生まれ、津島にある愛知三中に入学、当時の新しい西洋スポーツ野球部を設立キャッチャーとして活躍していたようです。恵まれた大地主の惣領として、中学の卒業祝いは別当(馬の養育担当)付で乗馬用の馬だったと聞いています。そして、ハイカラな英国紳士に憧れ、狩猟のためにセミオート散弾銃レミントンなどを揃え、山鳥・雉をゲームとするハンティングを趣味として猟犬と共に山野を駆ける毎日を楽しんでいたようです。

写真:岐阜谷汲での山鳥猟・水平二連銃身26インチ・レミントン銃とともに若き英国紳士気取り?・祖父・深田良矩

 神田雷蔵とともに名古屋伊勢町にて金融ブローカーとして活躍するヨーロッパ貴族まがいの良矩は乗馬と狩猟をこよなく愛し、自分の接待所として現在地の住吉町に料亭蔦茂を大正2年に開業、日露戦争、第1次世界大戦の勝利と日本の殖産振興とともに絶頂期を過ごしていたようです。大正4年3月には父、錬輔の死亡にともない須成深田家の家督を相続し大いなる資産を背景に幅広く事業を広げ、名古屋の芸妓数十人に座敷相撲を取らせる旦那として話題の遊興人であったようです。
 しかしながら、昭和2年の金融恐慌により神田銀行破産に伴い連鎖倒産、そして、良矩は須成深田家から勘当・個人破産全てを精算、債権者から逃れるためにもお抱えの人力車引き車夫の実家のある谷汲華厳寺の麓・長瀬地区で数年疎開?生活、今度は馬と鉄砲に加え根尾川水系で渓流釣りをマスターして大自然と共生きを満喫していたようです。
 事業整理に伴い、表面上離婚した妻・山田静江(明治25年生)がマイナスから商人宿として蔦茂旅館を再建、細腕繁盛記さながら頑張っている店に祖父はほとぼりが冷めた頃に下足番として戻ってきました。祖父曰く、玄関で下駄を揃えていたら、昔の仲間は寛大だったゾ!「まぁ、せいぜい奥さん孝行しろよ!借金はチップ代わりでゆるいたるがや・・・・」本当かな???
 女将の静江は夫の道楽を愚痴もいわずずっと認めていたようで、祖父の乗馬と狩猟費用は宿銭の売上から捻出していたようです。この趣味は長男の正矩(小生の父)にも受け継がれ第二次大戦後は一緒に渓流釣りを含めた蔦茂3種道楽を楽しんでおりました。

写真:昭和35年11月1日初猟・鴨65羽
 前年の伊勢湾台風で周辺の水田が刈入れ前に全滅、稲を求めて日本中の鴨が伊勢湾に!その翌年もシベリアから多くの渡り鳥が名古屋沖に舞い戻り、記録的な大猟となりました。深田父子と船頭・精海丸の伊藤さん

 そして、乗馬馬アルプスを名城西の土居下、栗田厩舎に委託して毎朝、住吉の蔦茂から近隣を並足で鶴舞公園まで散策を道路が舗装される昭和30年頃まで継続、その後は、厩舎の森林公園移転に伴い車で馬場まで赴くダンナ業をさせてもらっていました。当時、一般の月給が1万円以下の頃、馬の飼葉代・つまり委託料は毎月4万円でした。
 本当に良くできた静江女将で、道楽爺さんに最後まで好きなことをさせていましたが、たまに、ガールフレンドができると雷が落ちていたような記憶がございます。
 こんな爺さんは内孫の正雄君が可愛くて・・・毎朝、おじいちゃんと乗馬した後に近くの白川幼稚園に通っていました。

写真:アルプス二世に乗る祖父深田良矩と正雄ちゃん
鶴舞公園にて昭和28年ごろ
当時、公園の一部は進駐軍に接収中、ゴルフ場があった記憶があります。
返還後のコニーアイランドショーというアメリカ遊園地は楽しかったですね。

次号に続く

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【新会員自己紹介】

中川 勝治氏
水曜第2グループ

中川 勝治(なかがわ かつじ)
株式会社構造計画研究所 中部営業所 所長

【株式会社構造計画研究所】
〒460-0008 名古屋市中区栄1丁目3-3 朝日会館11F
Tel:052-222-8461 fax:052-222-8447
URL:http://www.kke.co.jp

株式会社構造計画研究所の中川と申します。
この度、産業懇談会水曜第2グループに参加させて頂くことになりました。
どうぞよろしくお願いします。

弊社は建築構造物を対象に構造設計などをコンピュータの黎明期から利用して計算シミュレーションを行なってきました。現在では、新規物件の免震構造計算や既存物件の耐震診断、津波シミュレーション、避難シミュレーション、都市計画における交通流のシミュレーションなどを行なっております。

東海・東南海・南海沖3連動地震が予想される中、人間の智慧で賢く乗り越えられないかをお客様と共に考え提案することを行なっています。

私自身は、九州の大分県出身で現在名古屋には3年目となり、益々名古屋に愛着が出てきているところです。仕事を通じて社会貢献をしていきたいそんな思いです。

産業懇談会の参加を通じて、様々な業種業界の諸先輩方との交流を通じ成長していきたいと思いますので、ご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い致します。

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【3月度産業懇談会開催日程】

木曜グループ以外は、名古屋観光ホテルでの開催です。
グループ名 世話人 開催日時 テーマ・スピーカー 場所
火曜グループ
各務芳樹
深田正雄
3月27日(火)
12:00〜14:00
西松建設(株) 西日本支社中部支店長
一色眞人氏
「西松建設の歴史」
18階
伊吹の間
水曜第1グループ 飯田芳宏
落合 肇
3月21日(水)12:00〜14:00 杉本食肉産業(株) 取締役社長
杉本達哉氏
「食肉業界の現状と課題」

18階
伊吹の間

水曜第2グループ 片桐清志
見祐次
3月14日(水)12:00〜14:00

(株)三恵エンジニアリング 代表取締役
三宅直也氏
「高精度三次元移動体計測車輌による街づくり」

18階
伊吹の間
木曜グループ 河村嘉男
倉藤金助
3月1日 (木) 10:30〜14:00

第2回「IHで作る・男の料理」
※ご参加の方には詳細案内をお送りします。
※恐れ入りますが、調理スペースの都合上、定員を先着20名様までとさせていただきます。

デザインの間
名古屋市千種区星が丘元町15-74
地下鉄東山線「星ヶ丘」駅 6番出口すぐ

<ご参考>
【料理会スケジュール】(予定)
3月1日(木)木曜グループ
デザインの間
名古屋市千種区星が丘元町15-74
10:25

デザインの間へ現地集合、受付

10:30〜11:20 挨拶
・スケジュール説明
・施設案内
11:20〜12:50 ・調理デモンストレーション
・調理体験
12:50〜13:50 ・試食
・電化セミナー
・質疑応答
13:50〜14:00 終了、現地解散

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【4月度産業懇談会開催日程】

全グループ、名古屋観光ホテルでの開催です。
グループ名 世話人 開催日時 テーマ・スピーカー 場所
火曜グループ
各務芳樹
深田正雄
4月10日 (火)
12:00〜14:00
(株)料亭蔦茂 取締役社長 深田正雄氏のご紹介
(株)北見賃金研究所 所長
北見昌朗氏
「古地図を手に、明治の名古屋商人の活躍を語る
             −復活しよう 名古屋の旧町名−」
18階
伊吹の間
水曜第1グループ 飯田芳宏
落合 肇
4月18日(水)12:00〜14:00

岩部建設(株) 取締役社長
岩部一好氏
「読書と人生」

18階
伊吹の間
水曜第2グループ 片桐清志
見祐次
4月11日(水)
12:00〜14:00

エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ(株)
西日本営業本部東海支店 支店長
中村芳博氏
「エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ
             グローバル事業の歩み」

18階
伊吹の間
木曜グループ 河村嘉男
倉藤金助
4月12日(木)12:00〜14:00

弁護士法人名古屋総合法律事務所 代表弁護士
浅野了一氏
「日本の弁護士業の明日と明後日」

18階
伊吹の間

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【お知らせ】

産業懇談会メールマガジン配信について

メールマガジンの配信は無料です。配信をご希望でない方はお手数でも下記ボタンを押して、メールをご返信いただければ幸いです。ご意見などございましたら、そのメールにお書き下さい。

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【コラム】

コラム1 【保健師からの健康だより】 No.95
花ちゃんからの健康だより

株式会社 スズケン
保健師 鳥巣 妃佳里

『 自覚症状がなければ大丈夫? 』

 毎年2月は「全国生活習慣病予防月間」です。これは日本生活習慣病予防協会が主催し、以前ここでもご紹介した「一無、二少、三多(いちむ、にしょう、さんた)」で生活習慣病予防を基本テーマに活動が行われます。

 2010年の国民健康・栄養調査によれば、生活習慣病に対する予防や改善を目的に生活習慣の改善に取り組んでいる人は、男性で50.4%、女性で57.6%でした(30歳以上の男女を対象、有効回答者7140人)。年齢別にみると60歳代の方が最も多く(男性58.9%、女性68.4%)、次いで70歳代、50歳代となっています。また生活習慣改善に取り組んでいない人の理由をみると、最も多いのは「病気の自覚症状がない」(男性52.2%、女性51.9%)で、以下「面倒だから取り組まない」「健康に自信があるから」となっています。

 生活習慣病は「サイレントキラー」とも呼ばれ、自覚症状がないままに動脈硬化が進行し、ある日突然に日常生活への影響が大きい重篤な疾患を引き起こす病気です。そして、私たち自身で発症や悪化を予防することが可能な病気でもあります。あまり極端なことをする必要はありませんが、大切な身体を守るために出来ることを少しずつ生活に取り入れていきたいものですね。

 2012年の全国生活習慣病予防月間強化テーマは“少酒”。お酒は適量であれば身体にいいものですが、度を越すと肝機能障害や依存症だけでなく、睡眠の質低下や生活習慣病の発症・悪化要因になるなど、様々な影響があります。一無(禁煙)、二少(少酒、少食)、三多(多動、多休、多接)を心がけ、自覚症状だけでなく生活習慣病とも無縁の生活を目指しましょう。

少酒にて 延びる寿命と 減るメタボ

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コラム2 【「ほん」のひとこと】 No.40
コラム【理念経営物語】

株式会社 正文館書店 取締役会長
谷口正明

『 シッダルタ 』
ヘルマン・ヘッセ著・手塚富雄訳
岩波文庫

  日本語に一家言ある丸谷才一が、中野好夫や渡辺一夫と並んで賞賛する手塚富雄の訳が蘇ったようだ。編集付記には、底本として1953年刊の角川文庫を用いたとある。
 主人公シッダルタは釈迦のことかと思い込んで読み進んだが、それは間違いだった。主人公は釈迦に教えを請うが弟子にはならず、独自の道を歩んで行く決心をする。魂の遍歴の後、最後に辿り着く境地は…。
 訳者あとがきには、こうある。「要するにこれはヘッセにおける『東洋の心』の結晶であり、ヘッセの深いインド研究と詩的直観とが融合して生み出されたものである。ヘッセの主観に燃焼されたこの東洋的思想の美しさには打たれざるを得ない。全体が世界大戦後のヘッセの魂の個人的な調子の張った告白であるが、それがおのずから『個性』の崩壊を予感する全西欧人の内面を象徴しているのである。その意味で、文学史的にも精神史的にも、将来長く注目される作品であろう」。

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コラム3 【苗字随想】 No.117コラム【理念経営物語】

片桐清志

苗字 「紅白合戦」

 プロ野球のキャンプだよりでも「紅白試合」の模様が伝えられる。源平合戦でも平家の赤旗、源氏の白旗が両軍のシンボルだ。先月の苗字「源平合戦」では「平」姓に軍配が上ったが、紅白ではどうだろう。
 先ず、種類では「紅」で始まる苗字は30種、「白」で始まる苗字は203種なので「白」の圧勝だ。もっとも「紅」姓には同類の「赤」姓が約200種あり、援軍を考慮すると種類ではいい勝負だ。
 ランキングでは「紅」姓では「紅谷(ベニタニ・ベニヤ)が最上位だが、それでも順位は4000番外だ。対する「白」姓では白井の241位をトップに1000番内に白石、白川、白鳥(ハクチョウ、シラトリ、シロトリ)が続き、2000番内に白山(シロヤマ・ハクサン他)、白崎、白岩、白倉、白沢(シラサワ・ハクサワ他)が続く。
 「紅」と「白」が対になっている姓も結構ある。紅屋(ベニヤ)と白屋(シラヤ)、紅山(ベニヤマ)と白山、紅谷と白谷(シラタニ・シラヤ他)、紅沢(ベニサワ)と白沢、紅江(ベニエ・アカエ)と白江(シラエ)、紅瀬(ベニセ・コウセ)と白瀬、紅野(ベニノ・コウノ他)と白野(シラノ・ハクノ)、紅田(ベニタ・コウダ)と白田(シロタ・シラタ・ハクタ他)、紅村(ベニムラ・コウムラ)と白村(シロムラ・ハクムラ)、紅松(クレマツ)と白松(シロマツ)、紅梅(コウバイ)と白梅(シラウメ)、紅草(イヌタデ・イヌダケ・モミジ)と白草(シラクサ)、紅露(ベニツユ・コウロ)と白露(シラツユ)などがその例だ。
 ユニークな苗字では「紅」姓では一字姓の紅(ベニ・クレナイ)、紅粉(ベニ・ベニコ)、紅月(コウゲツ)、紅毛(コウモウ)、紅泉(イリマジリ)、紅葉(モミジ)などが見つかった。
 「白」姓では一字姓の白(シロ、ハク、キヨシ、クジュウク、ツクモ)、白壁(シラカベ)、白妙(シロタエ)、白黒(シロトクロ)、白金(シロカネ)、白銀(シロガネ)、白髪(シラガ、シロヒゲ、シラカミ他)、白米(ハクマイ、シロヨネ他)、白飯(シライ)、白子(シラコ、シロコ、ハクネ)、白尾(シラオ)、白旗(シラハタ)、白糸(シライト)、白衣(シラギヌ)、白椿(シロツバキ)、白菊(シラギク)、白藤(シラフジ他)、白波(シラナミ)、白砂(シラスナ)、白洲(シラス)、白滝(シラタキ)、白熊(シロクマ)、白馬(ハクバ、シロウマ)、白鹿(シラガ)、白鷺(シラサギ)、白羽(シラハ)など日常使用する用語と間違えそうな苗字が多い。
 ユニークさでも「白」姓に軍配が上るが、「紅」姓には紅白(イリマジリ・残念ながらコウハクの読みはなさそうだ)があり、紅と白はしっかり融和している。

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【平成24年2月号編集後記】

 先月末「ミステリーツアー」に参加してきた。名前どおり行き先は到着するまでわからない。ツアーのうたい文句は「五つ星の宿に連泊」で、数箇所の宿泊候補のホテル名と集合場所・集合時間とおよその帰着時間が記載されているだけだ。料金はシーズンオフでもあり、格安に設定されている。
 「ミステリーツアー」の魅力は、第一に格安であることだが、どんな旅行になるのかわからないことで出発まであれこれ想像する楽しみもある。出発後も次の休憩場所が示されるだけで全行程が明かされないため、次々に起こる想定と異なるハプニングを楽しむこともできる。
 今回は予想が少し外れ、宿泊地はあつみ温泉(山形県)だった。出発直前から今年の豪雪がTVで報じられていた地域だ。妙高高原を越えるときはTV画面と同じ光景に出くわした。名古屋では積雪があると交通止めになる高速道路も、中日本高速道路関係者の懸命な除雪作業のおかげで速度制限はあるものの通行できた。新潟県北の「笹川流れ」付近の冬の日本海も印象的だった。雪の「最上川下り」や「弥彦神社」参りなど、初めての雪国ツアーをたっぷり楽しむことができた。
 「ミステリーツアー」でなければ自分から好んでこの時期に豪雪地帯のツアーには行かないだろう。おかげで雪国の生活を一部分だけだが見聞できたし、実際に体験することもできた。旅の醍醐味の「百聞は一見に如かず」や「百見は一験に如かず(私の造語です)」を実感できた。

 さて、今月の「産懇宅配便」は2月の例会模様2編を掲載できた。木曜Gでは「電力事情」というホットなテーマを、水曜第2Gでは「夏目漱石をたずねて」を多賀さんからお話しいただいた。多賀さんはイビデンの社長時代の1985年に中部経済同友会の代表幹事に就任されている。社長としても70周年を機に現在の社名に変更し、卓越した先見性で「創造的破壊と改革」を続けられた。多賀さんの蒔いた種はその後大きく育ち、イビデンは今年100周年を迎える。ご自身は現在88歳だが今も情熱にあふれた若々しい話し方で、意見交換にも丁寧に応じていただいた。リーダーシップに不可欠な「人間力」を培うには読書も大切で、中でも「漱石」は「心の動き」を学ぶ好著とのお話であった。豊かな経験と深い研究に基づくお話からは次世代へ語り継ぐ「熱き思い」が伝わる。これからもお元気に「多賀塾」を続けられることだろう。
 火曜Gと水曜第1Gの例会模様は開催日程の関係で次号での紹介となる。ご容赦願いたい。

(片桐)